マージンと脈管内浸潤、どう違う?

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[写真] 乳腺単純癌の脈管内浸潤像

参考にした文献 Robbins and Contran Pathologic Basis of Disease 8th Edition (web version)

病理診断書をクライアントである臨床獣医師の先生方に送ったあとで、内容などについて電話で質問をいただくことが時々あります。先日いただいた質問は、

「(悪性腫瘍が)完全に摘出されていると書いてあるが、腫瘍細胞の脈管内浸潤が見られたとも書いてある。これは結局、手術で腫瘍が取りきれていない、ってことですか?」

というものでした。自分では分かっているつもりでも、なかなか受け手にメッセージを伝えきれないことがありますが、今回もそのようでした。というわけで今回は反省を込めて、くどくどと解説したいと思います。

腫瘍には良性と悪性があります。厳密にこれらを分けることが難しい場合が稀にあるものの、基本的に次の点に着目して判断しています。

・腫瘍細胞の分化の程度(個々の腫瘍細胞がどれだけ本来の形態を保っているか/失っているか)

・腫瘍細胞の退形成(腫瘍病巣において本来の構造がどれだけ保たれているか/失われているか)

・増殖速度 (遅いか/速いか)

・局所浸潤(腫瘍病巣が被膜内にとどまっているか/周囲の正常組織に手(足?)を伸ばしているか)

・遠隔転移(ないか/あるか)

この中で、全身状態の悪化につながりやすいのは腫瘍細胞の遠隔転移です。

恐ろしい遠隔転移ですが、腫瘍細胞にとってもそうやすやすと成し遂げられる仕事ではないようです。多くの難関を乗り越えた精鋭の腫瘍細胞のみが、遠隔転移を確立しているようなのです。

遠隔転移を達成するために、腫瘍細胞は原病巣から被膜を突き破って周りの組織に浸潤し(1)、組織のマトリックスの中を進んでいき(2)、血管壁やリンパ管壁を通過して脈管内に入り(3)、血液やリンパの中ではリンパ球の攻撃にさらされ(4)、再び血管/リンパ管壁にへばりついてこれを通過し(5)、組織のマトリックスの中を泳いだ後で固着し(6)、自分の成長をサポートするための血管を作らせて(7)、ようやく「転移病巣」を形成することになるのです。簡単に述べても7つの行程を経ています。

遠隔転移という大仕事を達成する能力(遠隔転移性、と私は呼んでいます)を持つ腫瘍かどうかを占うために、病理診断医は血眼になって「腫瘍細胞の脈管内浸潤像」を探すのです。腫瘍細胞がリンパ節に入りこんでいる時(腫瘍細胞のリンパ節転移)は、腫瘍細胞がリンパ管をつたって行ったことが明白ですので、「脈管内浸潤を認めた」と「リンパ節転移を認めた」の意味はほぼ同じになります。厳密には遠くに行くためにリンパ管を好んで使う腫瘍と、血管を使う腫瘍があるのですが、今回は詳細は割愛します。

一方「マージン」とは、簡単に言うと、手術で摘出した組織の縁の部分です。この部分に腫瘍細胞が存在すれば「ダーティーマージン(腫瘍が取り切れておらず、体内に残存している)」、存在しなければ「クリーンマージン(完全摘出)」となります。クリーンマージンの面積が広いほど、腫瘍細胞はより完全に摘出されていることになり、安心です。

脈管内浸潤とマージンという概念が、結構違うものだということをお分かりいただけたでしょうか。では最後に、下の3枚の模式図(リンクをクリックしてください)でそれぞれの予後(病気の行く末)を占ってみましょう。この腫瘍はもともと遠隔転移しづらく、局所で増大する傾向が強いものとします。腫瘍の悪性度は3つとも同じと仮定します。Aのマージンの広さは、追跡調査によって安全とされている「推奨マージン」とします。

20130312 margin and vascular invasion PDF

A:予後良好

B:再発の恐れあり。遠隔転移の可能性は低い

C:再発の可能性は低い。遠隔転移の恐れあり