Dr.河村 卒業の言葉

お世話になっております。レジデントの河村です。先日、弊社の代表からも発表がありましたが、8月いっぱいを持ちまして現職場を離れさせていただきます。この2年半ちょっとの間には、プライベートでも仕事面でも様々な出来事があり、非常に濃密な時間を過ごして参りました。私は現職場に来るまで北海道の酪農学園大学で大学生・大学院生として過ごしてきて、大学と病理診断会社(いわゆるコマーシャルラボ)では様々な違いがあるなと、たかだか2年半ちょっとではありますが、日々感じておりました。そこで、私の弊社ホームページでの最後のコラムは、私がこの2年半ちょっとで感じてきた違いというものを述べさせていただきたいと思います。もちろん、他の病理診断会社様や大学様のことは詳しくないので、あくまでも個人的な経験・見解によるものです。

・料金と追加検査
病理診断会社は診断業務を生業としており、それに見合った収入を得なければなりません。一方、大学は教育・研究機関ということで、基本的には病理検査による金銭的収入に重きを置いていませんでした。そのため、病理診断会社の方がより、シビアな目で依頼主(動物病院の先生方など)から見られることをひしひしと感じております。しかし、その料金内で利益を得ることが前提ですので、追加検査(免疫染色や遺伝子検査など)を診断医が次々と行うことが出来ず、難しい症例では、納期期間内にひとまずの診断名(あるいは複数の鑑別診断を列挙)を付けて報告するということを行っております。その後に追加検査(有料)を行うか否かは依頼主に委ねられますので、検査を行わなかった場合にはモヤモヤした気持ちが残ることになります(非常に興味深い症例では自費負担で免疫染色を行うことがありますが、それも限界があります)。大学院のときには比較的自由に免疫染色を行ったり、興味があれば電子顕微鏡検査まで行ったりしていましたので、病変を追求できるといった利点はありましたが、やはり報告まで時間が掛かってしまうというマイナス点はあります。医学領域の病理診断では免疫染色や遺伝子検査の結果を踏まえた上で診断名や治療法が決定することもあります。もし獣医領域も同様の流れになるとしたら、病理診断会社においても、「追加」検査ではなく「ルーチン」検査の一つとして、免疫染色や遺伝子検査が組み込まれる時代になる可能性もあるのかなと考えています。

・検体の種類
現在の診断業務対象動物のほとんどは小動物(犬や猫)で、さらに部位としては体表組織(体表腫瘤や皮膚生検組織など)がその多くを占めています。大学の生検検体は基本的に大学病院の検体のみを扱っていました。そのため、大学病院が二次診療施設ということもあって、重症化していない体表腫瘤などはほとんど顕微鏡で診たことはありませんでした。今では「よく診る」犬や猫の体表腫瘤(毛包嚢胞など)は現在の職場で働き始めてからきちんと勉強したことを今でも覚えています。大学では大型の肝臓腫瘤・口腔内腫瘤(顎骨ごとの切除)・断脚組織など、大掛かりな手術の検体が多く、さらに事前に診断が付いているものが多かったので、特にマージン評価を細かく行っていたと記憶しています。また、大学ではエキゾチックアニマルの生検検体を診る機会は非常に少なかったですが、最近はしばしばご依頼があり(特にハリネズミや爬虫類など)、論文を検索したり教科書を読んだりして四苦八苦しながらも診断しています。ただし、診断名が難しいものや診断基準が定まっていないものなどもありますので、これから知見を積み重ねていかなければならない分野だと思っています。

・剖検
ご存知のように弊社は剖検を行うことを特徴としている病理診断会社です。他社では恐らく剖検を経験する機会が非常に少ないと思われますので、あまり一般的な比較とはなりませんが、症例の動物種の割合や疾患内容、死後検査を行う目的が大学とは異なっているように思います。弊社に死後検査を依頼される検体のほとんどは小動物(犬や猫)で、たまにエキゾチックアニマル(鳥やハリネズミ)といった動物種でしたが、母校では大半が馬や牛(これも他大学と比較して異例なのですが)で、小動物やエキゾチックアニマル(水族館や動物園動物)は1~2割くらいだったように記憶しています。疾患内容としては、弊社で診断した限りでは、呼吸器疾患などによる急死・斃死が多く、腫瘍性疾患や消化器疾患は少なく、運動器疾患はほとんどありませんでした。そのため、依頼内容としては急死原因の解明といったものが多く、少しナイーブに取り扱わなければいけない症例もしばしばありました。大学病院からの小動物の剖検依頼の大半は腫瘍性疾患であり、剖検を行う理由の大半は、腫瘍の進行具合の確認や治療効果の確認といったもので、基本的には飼い主様のご厚意で大学側に検体提供された症例でした。馬や牛では運動器疾患が圧倒的に多く(大動物は運動器疾患でも予後不良となったり死に繋がったりします)、消化器疾患や呼吸器疾患が次いで多く、腫瘍性疾患は非常に稀です。私が弊社での勤務期間内に行った大(中?)動物は鹿1頭でしたが、懐かしさを感じる以上に体力や筋力の衰えを痛感させられました。

・研究
大学などの研究機関に所属する者(大学教員や大学院生など)は、研究テーマを見つけ、実験を行い、論文を書いて、雑誌に採用されるということが求められています。私は残念ながら論文を書く能力が非常に乏しかったので、原著論文がまだ1本しかありませんが、世の研究者の方々は日々新しい研究をし、たくさんの論文を発表されています。獣医病理診断医も獣医師として一科学者であると考えると、やはり何かしらの研究や実験を行い、成果を世に発表するといった作業が重要と思われますが、何しろ日々の診断業務によって実験をする時間が取りづらいというのが実感です。また、実験を行うにも手元にあるツールが少なく、外部委託をせざるを得ないといった状況ですが、多角的に研究内容を検討しようとすると、かかる費用は青天井です(過去に1回の実験に使用した試薬等の費用を計算しようとしたことがありますが、怖くなったので途中で止めました)。大学では身近に様々な実験ツールがあり、他分野の共同研究者を探すことも比較的容易な環境ですので、多角的な検討を行うハードルはやや低い印象です。ただ、無い物ねだりをしてもしょうがないので、今後は病理診断会社にいながらも研究を行える環境を模索していかなければと考えています。誤解のないように言わせていただきますが、日々の診断業務を勤め上げながらも、きちんと論文発表を行っていらっしゃる病理診断医の先生方もおられますので、あくまでも論文作成能力の乏しい私の個人的な反省とこれからの課題です。

細かく見ていくと、まだまだたくさんのことがありますが、大きく感じたのは以上のようなことです。もちろん、どちらが勝っていてどちらが劣っているということはありません。大学の病理学教室に所属してから病理診断会社で勤務する現在に至るまでの全てが、私の獣医病理診断医としての重要な礎となっています。これから新たな環境で獣医病理学と向き合って参りますが、今後も様々なものをインプットし、有益な情報をアウトプットしていければと考えています。

最後になりましたが、関東に来て2年半ちょっとの間に様々な方々とお会いさせていただき、たくさんのご助言や励ましのお言葉を頂戴いたしました。この場を借りてお礼申し上げるとともに、今後もご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

ノーバウンダリーズ動物病理
河村芳朗

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