ミニ病理勉強会 第32回

いつもお世話になっております。季節は確実に秋に変わりつつあります。なんて書いていると、厳しい残暑に見舞われたりします…。

本日の勉強会は、ゲスト1名を迎えて活発な議論を展開しました。

内分泌 上皮小体、下垂体

上記のQ&Aに加えて、先月弊社で扱った死後検査症例(猫の骨髄腫関連疾患 myeloma-related disease; MRD)から、教訓を学びました。

当勉強会の構造・やり方については、昨年3月17日の投稿をご覧ください。次回の第33回は、10月27日(土)午前9時から約1時間半行います。Pathology of domestic animals 6th edition、第3巻、p.310-357(甲状腺、副腎等)が予習範囲となります。次回で内分泌の章を読了し、その次からはメスとオスの生殖器の病理について勉強していきます。先が見えてきました!

今後ともよろしくお願い申し上げます。

ノーバウンダリーズ動物病理
三井

日本法医病理学会参加記

いつもお世話になっております。秋雨の候、皆様いかがお過ごしでしょうか。

9月1、2日の2日間、香川県高松市のレクザムホールで行われた「第1回 日本法医病理学会 学術全国集会」に参加し、びっくりしたこと、考えたことが多かったので、参加記を書くことにいたしました。お時間と興味がおありの方は、どうぞお付き合いください。

そもそもなぜ一介の獣医病理医がこの学会に参加したのか?ですが、昨年6月に「第101次 日本法医学会学術全国集会」(岐阜県岐阜市)に参加し、初めて人の法医学の世界に触れてその守備範囲の広さと特殊なタスクに衝撃を受けたこと、獣医学において法医学的基盤や教育の整備が昨今求められ「先人に学ぶ」必要性を感じたこと、そして、たまたま私の中学校の水泳部の後輩が法医学の現場で働いており、その方や上司の方が本集会に関して親身に教えてくださったことという、複数の理由がありました。格安航空券のため朝早くに成田まで車を飛ばし、総じて慌ただしい道中でしたが、参加して良かったと心から思えました。前回の国際動物臨床病理学会参加記と同様、書き留めたメモから抜き出してざっくばらんに記していきます。

「日本法医病理学会とは」
前身は日本法医学会の中の「法医病理勉強会」であり、25年ほどの歴史を持ち、「法医病理」という雑誌も発行しているそうです。一口に法医学と言っても、毒薬物、病理、数学、分子生物学等々、構成員の方々のバックグラウンドや興味は多岐にわたっています。我々(一般市民、獣医師)の感覚では「法医学の先生方は皆、病理学に精通している」と思いがちですが、必ずしもそうではないようで、法医学はあくまでも裁判に必要な医学的判断・アドバイスを行う学問であり、病気そのものが対象である病理学とは異なっているようです。ただ、司法解剖や行政解剖を行う法医(監察医)であっても、全ての対象が事件性のある事例とは限らず、純粋に「病気」が死の引き金や直接の原因になっていることがあります。ですので、法医にとって病理学の知識や検査手法の習得は避けて通れないものであり、その向上や情報交換のために作られた勉強会が昨年ついに学会化し、今回高松にて歴史ある第1回日本法医病理「学会」が開催されたわけです。学会として、日本医師会の死体検案研修会への協力も行っているとのことでしたので、もし獣医分野にも法医(病理)学の組織が出来たら、全国の有志の獣医さん達に動物の死後検査の研修会を開催したいという夢(野望?)が芽生えました。

「学界を代弁する政治家の凄味」
学会冒頭、医師でもある参議院議員の方の講演がありました。その方は、医学界の代弁者として多くの関連分野でご活躍されている様子でしたが、法医病理学会での講演ですので、今回はその方の法医学関連の政治的取組の数々を制限時間内で弾丸のように紹介されていました。例を挙げると、今は失効している死因究明に関する法律、解剖における謝金(解剖経費)のあり方、誰が法医解剖を行うべきか、診療関連死の取り扱い、等です。一貫していたのは(法医学会がそもそもそうなのでしょうが)、死因を把握し情報を提供・共有することが国民の安心・安全・利益につながるという考え方です。そうは言っても、日本では亡くなる人の総数のわずか数%しか死因が調べられていませんので、取り組みは今後も続くようです。そして、この政治家の方と、本学会の会長に新しくなられた法医学の先生が、とある小学校の同級生であったということに驚きました。運命のいたずらかどうかはわかりませんが、いわゆるコネクションというのは、上手に使うと凄い力になるのだろうなあと想像しました。まあ、この話はあまり深入りしないようにします…。

「法医学的セカンドオピニオン(以下、SOPと略します)」
「鑑定」という、第三者の専門家にやってもらう行為が裁判の結果に大きく影響を与えるものであることは、皆さんも容易に想像がつくと思います(例:精神鑑定)。法医学においては鑑定すべき項目が非常に多く、例えば死亡推定時刻、自殺か他殺か、どんな薬物・毒物を摂取していたか、死因等々があるそうです。ところでSOPというのはそもそも臨床分野のもので、しかも「患者さん本人が求めるもの」だそうです。しかし法医学的SOPというのはある法医学者の見解を他の法医学者はどう考えるかというものであり、元々の意味のSOPとは違っているのではないかという意見が出ていました。それはともかくとして、「世の中に絶対はない」という真理(?)に照らして、また、変に忖度(そんたく)せずに、SOPを求められたら堂々と真摯に鑑定を行うべき(「死因不詳」(死因不明)に逃げないこと!)という、とある法医学者の先生の力強い口調が印象的でした。それだけ、同業者をおもんぱかって曖昧な鑑定結果を出す人も少なからずいるということなのでしょう。シンポジウムでは法曹三界(裁判官、検察官、弁護士)の先生方の発言もありました。弁護士の先生は、「法医学やその報告書は一般人にとっては難解なので、解釈を質問させていただく際には法医学の先生は腰を引かずにアドバイスをしていただけないか。あるいは証人になっていただけないか」という訴えが切実でした。「忙しいから」とか「弁護士さんの依頼にはちょっと…」と言って協力要請を断る法医学者が多いそうです。検察官の方は、「採用されない鑑定結果」として①サンプルに問題がある、②鑑定方法に問題がある、③論理の飛躍がある、④立脚する学説が特異なものであったり、その分野で一般的ではなかったりする(有力な反対意見が存在する)を挙げてらっしゃいました。サイエンスに関わる者にとっては、耳の痛いことばかりですね!検察側から法医学者に対して、「誰にSOPを求めるべきか、どの分野にどんな人材がいるのかをワンストップで教えてもらえる仕組みを作ってほしい」という要望がありました。最後に裁判官の方は、法医学的SOPを求める理由として、原鑑定結果の正当性・信用性を知りたいからとおっしゃっていました。また、法廷で専門外の人たちにもわかるように(特に最近は裁判員裁判がありますので)、専門用語は避け、補助資料を付けていただいたり、事前に打ち合わせをして疑問点をすり合わせておいたりして欲しいと要望されていました。法医学者にとっては、人の尊厳や真実のために解剖をするのか、裁判のために解剖をするのか、ジレンマになることがあるという意見もあり、これは病理解剖にはない視点だなと思いました。もう一つ興味深かったのは、イングランド(やそのほかの国々でも)にはコロナ―制度という死因究明の体制があり、そこでは遺体は解剖後も長期間保管しておくそうで、「セカンド剖検」も可能とのこと。日本ですと、仮に解剖が出来たとしてもそのあとご遺体は火葬されますので、初めの解剖で万が一見落としや不備があった場合、もう一度検証することは非常に難しく、日本での法医学的SOPはもっぱら初めに作成された報告書の書面や写真(中には臓器等の組織病理標本が存在するケースもある)を検証することになるそうです。死因究明にお国柄があるというだけでも、驚きませんか?

「こわ~いジェットスキー」
アドリア海に面する、バルカン半島西岸にある国アルバニア。この国からいらした法医学の先生の講演は、近年急速に普及している水上レジャーであるジェットスキーに関連した死亡例についてでした。ライダー自身がスピードや衝撃で自滅(衝突、脊椎損傷等)することもあるそうですが、今回は運悪くジェットスキーと衝突して亡くなった遊泳者3例の報告でした。遊泳区域を出て外海まで行けるくらい達者なスイマーだからこそ、(この国では)免許制度もなくロクに練習もせずに遊べるジェットスキーライダーの犠牲になってしまうのですね…。検死写真は、しばらく私に悪夢を見せました…。スクリューが作る独特な傷は、マナティーやジュゴンがモーターボート等によってつけられるそれと全く同じでした。犠牲者の方の一人は、傷そのものは致命傷ではなかったけれど、失神して溺死されたとのこと。水の中では、陸と違った危険に注意しなければなりません。ウォータースポーツ愛好者の皆さん、ぜひぜひ気を付けましょう。法医学は、こういった痛ましい教訓を世の中に発信し、皆で共有するための重要な手段なのだと実感しました。

「法中毒学。日本の獣医領域に全く欠けている分野」
法医学において、解剖、組織検査と並んで必須なのが薬物分析です。麻薬はもちろんですが、治療に用いられる薬も直接の死因や、死に至る行動を起こさせる原因になりますので、詳細な分析が欠かせません。検査ができる施設は限られており、しかも各施設間で分析の手法が違っていることもざらではないとのことで、いくつかの施設が連携して改善に取り組んでいるそうです。また、そうして得られた結果をもとに複数施設における薬物統計を取る計画もあるようです。翻って獣医分野では、アメリカでは主要な中毒物質、農薬、土壌毒物・微量元素等の検査がかなり安価に各地の動物疾病検査所において可能ですが、日本では、驚くことにコマーシャルベースで(お金さえ払えば)検査してくれる施設は存在しません(私の知る限り。もし知っている方がいらっしゃいましたら是非教えてください)。中毒死が疑われる動物の検査は、もしそれが警察沙汰になって科捜研に依頼できるようにならない限り、形態検査(肉眼および組織学的検査)の結果から類推するしかありません。こんなことでいいのだろうかと思いますが、人の法医学分野の取り組みを真似したり、何とか動物の検査系を作っていただいたりして対処できればと思います。頑張れ、日本の獣医毒性学者の先生たち!

「まぎらわしい山菜には注意!」
TVニュースや新聞等で以前に報道されていましたが、北海道にお住まいの方が「ギョウジャニンニク」だと思って食した植物が実は「イヌサフラン」(コルヒチンという、細胞分裂を阻害する成分を含む毒植物)で、2日後にエンドトキシンショックで亡くなってしまった痛ましい事故がありました。ギョウジャニンニクには球根がなく、イヌサフランには球根があります!これから秋の山菜シーズン。皆様も是非、紛らわしい植物にはお気を付けください。

その他、複数の口演(「予防接種後の乳幼児突然死:因果関係と偶然性」、「総肺静脈還流異常症による乳児突然死の2剖検例」、「死戦期の体位性窒息が疑われたび漫性レビー小体病の1剖検例」、「進行性核上性麻痺による急性呼吸不全の1例」、「法医解剖における血液培養の有用性について」、「岡山県における海上保安庁の死体取扱状況について」等)を拝聴し、大変興味深く思いました。ある先生が「(法医)解剖は全ての臓器にアクセスでき、実験動物や細胞を使った実験では得られない、疾患とその全身的な影響を丸ごと評価・探索するという貴重な機会を得ることができる。」とおっしゃっていました(その先生は、バリバリの実験病理もされている方なのですが)。死からとことん学びつくすという姿勢は、人医でも獣医でも、忘れてはならないのではないでしょうか。

最後に、高松は四国随一の街だけあって、縦横に走るアーケード(商店街)や、海水が濠に入ってくるという玉藻城には風情がありました。香川名物のうどんを堪能し、海と山の見える景色に癒されました。学会の懇親会では、ご遺体を防腐・消毒処理したり修復したりする「エンバーミング」という技術をお持ちの方(エンバーマー)や、講演をしてくださった方々とお話しすることができました。将来のコラボレーションを夢見ております。

行き慣れた学会もいいものですが、自らの興味・関心・将来の戦略に従って参加する学会は、満足感が大きいと思いました。皆様も是非、ノーバウンダリーズな(境界の無い)挑戦をお楽しみください。

拙文にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。感想があればお待ちしております( mitsui@no-boundaries.jp )。

ノーバウンダリーズ動物病理
三井一鬼