学会参加報告②

 いつもお世話になっております。

 楽しみにされていた方(いない?)、お待たせいたしました。昨年11月に参加した米国獣医病理学会(於:ジョージア州アトランタ)の参加報告の第2回です。

 毎年本学会では3日間の学会期間の前後に複数のワークショップが開かれ、世間で話題になっている「ホットな」疾患や診断関連技術を始め、病理診断医・研究者の知識の整理と今後の戦略作りに役立つ様々なトピックが取り上げられます。特に学会が始まる前日のワークショップは1日がかり(約8時間)の長丁場で、聴講者の興味に合わせて3~4のトピックが用意され、いずれかを選んで参加します。今回私が参加したImage science in the 21st century: opportunities for pathology investigation and diagnostics(21世紀における画像科学:病理学の研究と診断のための活用機会)というワークショップでは、8名の講師が各自の専門分野について語る形式でした。200ドルの参加費が安いと思えるほど充実した内容でした。

 病理学においては、個体、臓器、細胞の形態をつぶさに観察して診断や研究をするのが基本です。このため「形態学」という呼び方をされることがあります。個体や臓器は肉眼で見ることができますが、細胞の観察には顕微鏡が用いられます。画像科学 image scienceは、顕微鏡そのものを目的に合わせて改良したり、顕微鏡によって捉え保存された画像情報を処理・融合することで、今までよりも効率的に検査を行ったり、今までは捉えることのできなかった生命現象を形態学的に示したりしようという学問分野(のよう)です。概念としてわかっていることでも、実際に目で見ると信ぴょう性が格段に向上するものですし、逆に、目には見えるが説明のつかない現象に後世になってようやく妥当な説明ができるようになることもあります。昨今は分子生物学に代表されるように、目で見えないレベルの生命現象の研究が脚光を浴び、研究予算が優先的に振り分けられているようですが、形態学にもまだまだ研究、発見のポテンシャルがあります。再生医療においても形態学は大きな力を発揮すると個人的に思っています。

 今回のワークショップの各講演者の題目と、簡潔な内容や感想を以下に述べます。獣医師は1名のみで、他の7名は医師および/あるいは博士であり、物理学やコンピュータ科学の内容が多く含まれているために英語を聞いてもさっぱり理解できないという時間が長かったです。そんな時は、配布資料を読みながらようやく話に付いていきました。

Cellular imaging basics(細胞画像化の基礎) by Dr. Balis:光学顕微鏡の発明と発展の歴史、顕微鏡の原理、デジタル写真の著作権や改竄、最新の顕微鏡技術等について、丁寧に説明していました。毎日何気なく、原理について考えることもなく仕事に使っている顕微鏡の来し方行く末を見ることができました。物理的に越えがたい制限がこの機器にはあるようですが、新しい技術でそれを乗り越えようと、研究が今も活発に続いているようです。

Whole slide imaging(組織切片の全画像化) by Dr. Hewitt:「1875-1950年は古典的組織学、1950-2000年は免疫組織化学(免疫染色)、2000年から現在は分子病理学と定量病理学」ということで、高性能スキャナーで組織切片(プレパラート)の全領域を読み取り、コンピュータソフトの力を借りて組織における様々な計測が可能になりつつあります。ただ、未だに組織切片は人の手で作られ、観察・評価は人が行うので、スライドの画像化は「革命的」なものではない、もっと可能なことの幅を広げるべきではないかという提言が印象的でした。

Registration, segmentation, and feature extraction: translating human knowledge to computer language(登録、区分け、特徴抽出:人の知識をコンピュータ言語に翻訳する) by Dr. Toth:演者は画像解析の会社を起業したばかりの若い男性で、医学や獣医学の背景はないのですが、それが逆に、組織切片上の形態情報(一個一個のピクセルの濃淡や色)を、0と1から成るコンピュータ言語に落とし込んでいく過程の説明をわかりやすくしていました。私としては、彼の会社が弊社と同じLLC(limited liability company、合同会社)であることに親近感を覚えました。起業が活発なアメリカ社会では、先端技術の実用化にトライする若武者が多くいる気がします。

The role of the pathologist in an image analysis team(画像解析チームにおける病理医の役割) by Dr. Aeffner:画像解析やそれによるビジネスは”game changer(大改革をもたらす物事や人)”だと、この演者を含む何人かの演者が言っていました。今まで人が組織標本を眺めて一生懸命細胞を数えたり組織構築を評価したりしていたものを、専用のコンピュータソフトは一瞬で客観的なデータとして出力してくれます。一見すると病理医の仕事がなくなってしまいそうですがそんなことはなく、診断や計測の「あうん」の行程、ソフトの開発やメンテナンスには人が関与しなくてはならないことがまだまだ多くあるという、ホッとする内容でした。

The quantitative analysis of labels(標識の定量分析) by Dr. Levenson:従来の免疫染色では抗原抗体反応を可視化するために酵素による発色という行程を用いているため、抗原の分布や量を常に正確に示すことができず、背景に非特異的な反応が起こってしまうこともよくあります。また、異なる抗原の分布を同一の標本内で示したくても、技術的な制約によりせいぜい2種類の抗原についてしか調べられません。利用価値の高い免疫染色をもっと有用にするために、新しい手法が試されています。抗体に発色物質や蛍光物質ではなく元素金属を付けて検体に反応させ、二次イオン質量分析を用いて陽性反応を可視化することで、理論上は同じ組織内で同時に100種類の抗原の分布を調べることができるとのことです。細胞の由来や機能がよくわかるようになれば、生物学がまた大きく発展することでしょう。願わくは、こういった技術が安価に、手軽に使えるようになることです。

Novel optical imaging methods(新しい光学画像技術) by Dr. Hard:顕微鏡で観察する対象には振幅物体(色付きの物体。例えば染色された切片や塗抹など)と位相物体(色のない、生きている細胞)があるという話から始まり、2014年のノーベル化学賞を受賞した超解像度の蛍光顕微鏡まで、最先端の生物学研究を支える最先端の光学画像技術の紹介でした。 

HistoCAD in the predictive modeling of outcomes(疾患転帰予測モデルにおけるHistoCAD) by Dr. Doyle:HistoCADとはmachine facilitated quantitative histoimaging with computer assisted diagnosis(コンピュータ援用診断を付随する機械促進型定量画像技術)のことで、本ワークショップのオーガナイザーであるニューヨーク州立大学バッファロー校のTomaszewski博士が開発に関わっています。講演者はその教え子で、腫瘍の組織切片を機械が評価して予後判定まで行うシステムを開発中です。病理診断医は生身の人間ですので、診断には様々なマイナス要素(疲れ、主観、標本作製の不備等)が関与します。人件費もかかります。そのような要素を排し、黙々と瞬時にある程度の診断を行えるようなシステムが開発されているわけです。病理医の減少、高齢化は、いずれ多くの国で顕在化してくるでしょうから、このような研究も必要なのでしょう。

Integrated diagnostics and data fusion across scale(垣根を越えた診断法の統合とデータの融合) by Dr. Tomaszewski:組織病理検査の結果をレントゲン検査や遺伝子検査といった他の検査の結果と統合し、データを融合させることで、personalized medicine(いわゆるオーダーメイド医療)に貢献できるのではないか、という提言をしていました。彼らは医者で、人を対象にしているわけですが、獣医師も動物に対して根拠のあるオーダーメイド医療を施すようになるのかもしれません。こういった技術のもう一つの重要な目的は、診断がbetter, faster, cheaper(より正確に、より早く、より安く)できるようになることですので、現在のような試作段階から、量産期、普及期に移るにはまだまだ時間がかかりそうです。

 獣医病理関係者のための学会で、今回のような豪華な複数の講師が最先端の話を披露するというのは、アメリカならではの未来を見据えた取り組みと言えると思います。この分野への、獣医人材の参加をもっと求めているのかもしれません。画像解析そのものは日本でも優れたソフトがありますし、研究に用いている方々も多く見かけます。ですがその先の、人に役立つ診断マシーンの開発といった、社会的かつビジネス的な視点を持っているのがどうかが、日米の差としていつも感じられます。

 2015年の学会でもワークショップに参加する予定ですが、今度はどんなトピックが用意されているのか、今から楽しみです。

 次回、第3回の学会報告では、ポスターや口演で印象に残ったものについて触れたいと思います。是非お楽しみに。

ノーバウンダリーズ動物病理
三井