死後検査を飼主様にどう説明するか

いつも大変お世話になっております。今回は、臨床獣医師の先生方からよくいただく質問、「伴侶動物の死後検査を飼主様にどう説明したらいいのでしょうか?」について、個人の経験と知見から記してみます。

まず、このような説明をどのようにすべきかについては、どんな教科書にも(洋の東西を問わず)書かれていません。おそらく西洋では動物の死後検査は獣医療の中で比較的定着した検査のため、敢えて説明を必要としないのかもしれません。治療の効果が期待できない重篤な疾患、治療することで動物の苦痛がかえって長引く可能性が高い疾患、高額な治療しか選択肢にない場合等には、西洋では飼主様と主治医の綿密な協議の上で動物の安楽殺euthanasiaという選択肢がとられることがあります。その代償として、せめて他の動物のために有用な医療情報を提供することで命に報いたいという想いで死後検査が選択されるケースを、米国留学中に何度も経験しました。翻って日本では、私が臨床分野にいた頃にもそうでしたが、亡くなるまでに最善を尽くすことが臨床獣医師の主要な役目であり、亡くなったらそっと見送ってあげようという姿勢が一般的で、死後検査の実施率は概して低いようです。こういった状況ですので、いざ死後検査が獣医師あるいは飼主様から要求される際のコミュニケーション手段について、我々は圧倒的に「慣れておらず」、教科書に書こうとしても適切な実例の蓄積がないのだと思います。あるいは、こういったコミュニケーションのノウハウが必要である、という認識すら薄いのかもしれません。死後検査についての獣医師と飼主様のやりとりは、いわば「獣医療の古くて新しい課題」と言えます。

ではどうしたらいいのか?以下は、動物の死後検査を専門業務として行っている者としての提言です。

①説明文/パンフレットを常備しておく
 A4用紙1枚でも構いませんので、死後検査というのはどのような検査なのかを臨床医自ら、飼主様の目線で書いて常備しておけば、いざという時に役に立つでしょう。私の知り合いの先生にも、そういった資料を常備されている方がいらっしゃいます。当社のホームページ(HP)にも、少し古い情報が載っているものの(価格、会社住所等)、飼主様用に作成したパンフレットのPDFがありますので、ご参照ください。
 飼主様は報道、テレビドラマ、小説等で人には死因を調べる専門家や機関があることをご存知ですが、動物にもそれがあることを知っている方は案外少ないようです。その原因は多岐に渡りますが(昨年の米国獣医病理学会に当社から発表したポスター参照。過去のブログにあります)、まずは動物の死後検査実施施設が日本にも存在すること(当社の他には民間で2施設あります)、また、臨床医自身も死因を調べる手技(「検案」と言います)を遂行可能であることを知っていただくことが重要かと思います。

②いつ言うの?どう言うの?
 獣医師も飼主様と同じく、患者さん(動物)の死によって大きなショックを受けます。また、生き物を扱っている以上、生前の検査では(たとえ精密なCT検査や血液検査や組織生検等を駆使しても)どうしても病態が把握しきれず、治療がうまくいかないことがあります。そのような状況でも獣医師は職業人としてその死から多くを学び次につなげたい、他の動物の診察、検査、治療に役立てたいと思うものです。ですが獣医師から飼主様に「死後検査をさせてください」と切り出すことは、とてつもなく勇気のいることです。逆に、飼主様から獣医師に「死後検査をお願いできますか」と言い出すことも躊躇されがちです。「死」を巡って様々な思惑が交錯し、出来れば死因を知りたいけれど相手が気分を害さないだろうか、費用の負担をどうしようか等々と考えているうちに、ご遺体は荼毘に付されたり埋葬されたりして、死因を知る機会は永久に失われます。
 いつ、どのように死後検査に言及するのかは非常にデリケートな問題ですが、死後検査を依頼いただくことが多いとある獣医師の先生によれば、出来れば生前から飼主様と死後検査について話す機会を設けることが重要とのことです。その際には、①のような資料を提示し、第三者機関で検査をすることも可能であること、コスメティック剖検でご遺体をきれいにお返しできること、検査にかかる時間や費用等について、明らかにしておくそうです。突然死の状況ではこういった事前の話し合いは不可能ですが、生き物はいつか亡くなるということを自然にとらえて、今よりも前向きに死後の相談ができる獣医療に変わっていけばと切に願います。

③飼主様の意向が第一優先
 死後検査は、飼主様にとっては大きな決断です。愛する動物の身体にメスが入りますし、お金もかかります。ですので、死後検査実施の決断には十分な時間を差し上げることが重要です。ご遺体は、冷蔵あるいはそれに準じた保管をすれば一晩程度であれば死後変化はそれほど進まずに有意な検査ができますので(季節や脂肪の量等に左右されますが)、その時間を使って様々な方の意見を総合して最終的な決断をしていただくことが理想的です。動物が亡くなると(私も自宅の動物が亡くなるとそうですが)、感情が大きくかき乱され、とても冷静な判断ができるものではありません。次の日に、多少でも気分が落ち着いてから考えても遅くはありませんので、獣医師の先生方は飼主様に「一晩、家族会議をなさって決めていただいても構いません」とお伝えください。

④インフォームドコンセント
 検案を自ら行う、あるいは大学や検査会社に死後検査を依頼するという経験をせずに獣医師のキャリアを終える臨床獣医師は、おそらくかなりの数に上るのではないでしょうか。それほど、日本ではマイナーな検査です。ですので、いざそれを飼主様に説明するときにお困りになるのは当然のことです。当社HPのトップページ右下に「よくある質問」というピンク色のアイコンがあります。こちらには、実際に頻繁にお問い合わせのある事柄を網羅してありますので、是非飼主様と一緒にご覧いただくか、獣医師が熟読して噛み砕いて飼主様に説明して差し上げると、死後検査がどういう検査なのか、だいたい把握できると思います。そうした上で、一晩の熟考を経て、死後検査をするかどうか決断いただくのが良いと思われます。
 
⑤検査費用
 米国のほぼすべての獣医大学には、他の検査項目とともに、死後検査の詳細を費用も含めて明示したHPがあります。一般の方が自由に閲覧し、判断材料に出来るようにという配慮からです。当社もそれに倣い、HPのトップページの「私たちについて」の右横のアイコン「死後検査」をクリックしていただき、下にスクロールしていただければ、死後検査の価格がお分かり頂けるようにしております。不特定多数の人が閲覧可能なHPに検査費用を掲載することの是非については様々な意見があると思いますが、特殊な検査ゆえに、実施の判断の根拠として価格は重要な因子であると考えております。この価格には、主治医の先生が死後検査を仲介する際に発生する様々な費用(診察時間外に剖検に立ち会っていただく病院スタッフの方々の賃金、通信費、診断書の内容を飼主様に説明する際のコンサルテーション料等)は含まれておりませんので、あくまで目安であることを申し添えます。 

⑥コスメティック処置
 剖検によってご遺体が「切り刻まれる」という迷信が根強くあります。死後検査は第1パートが剖検、第2パートが組織病理検査、第3パートは必要に応じて実施する補助検査となっており、全てにおいて系統だった検査を行います。剖検においても、ランダムに切り刻むということは一切なく、手順に従って、あとで綺麗にご遺体を整えることを念頭において検査を進めます。ご遺体にメスが入ることに躊躇される飼主様がいらっしゃることは当然のことで、私も複数の動物の飼主として同じ気持ちを抱いております。ですが、死後検査を実施するものとして、ご遺体に「ひどいことをしている」と思われる、言われるというのは、かなり残念なものでもあります。この点につきましては、日本という国において伴侶動物の死後検査を行うものとして、常々細心の注意を払っておりますので、ご不明な点がありましたらお気軽にお尋ねください。ご参考までに、剖検を実施する前と後のご遺体を比較した写真をお示しいたしますので、ご参照ください。

コスメティック剖検実例

以上、非常に長い文章になりましたが、臨床獣医師の先生方と飼主様のお役にたてれば幸いです。ご不明な点がございましたら、遠慮なくご連絡ください。また、上記は私の見解ですので、様々なご意見を頂戴できればと思います。よろしくお願い申し上げます。

ノーバウンダリーズ動物病理
三井