病理診断書の読み方~診断医は何を伝えたいのか?~

(突然連載を始めたように見えますが、某社のニュースレターで連載を始めたばかりのところで諸事情があり、今回から弊社HPにて継続することになりました。)

今回のテーマには、病理診断書(報告書と呼ばれることもあります)を選びました。なぜなら、診断医と臨床医を結ぶ唯一無二の公的な文書である病理診断書は、「書き方」も、「読まれ方」も、「用途」も、獣医大学在学中はおろか、卒後にもしっかり教わる機会がなかなかないからです。今回はまず、診断医の視点から病理診断書の「書き方」について書いてみます。

2009年にアメリカ獣医病理学会に参加した際に、The Principles and Practice of Veterinary Surgical Pathology(獣医外科病理の原則と実践)という丸一日のシンポジウムに参加しました(ちなみに「外科病理」とは、生きている個体から採取した組織の病理検査、俗にいう生検のことです)。獣医病理学会では、様々な疾患に様々な切り口でアプローチする、いわば応用科学の集大成のような内容が主ですが、たまに思いっきり基本に戻って自分たちが普段やっていることを見直してみるというプログラムがあります。このシンポジウムで学んだことが私の診断書の書き方に大きく影響を与えました。

手始めに、病理診断書には何を書くべきか、皆様はご存知でしょうか。検査施設によって若干の差はありますが、最低限書かれるべき内容は以下の3点と言われています。

①所見:顕微鏡で観察される、重要な病変や変化。ここに、ホルマリン固定標本の肉眼所見を簡潔に加えることもあります。
②診断名:基本的に組織診断名を書きますが、疾患名を書くこともあります(例:組織診断名は「病変内に節足動物を伴う、多巣性、混合細胞性、毛包皮膚炎」、疾患名は「毛包虫症」)。
③コメント:所見や診断名が持つ意味を説明したり、臨床家の疑問に答えたりと、様々に用いられる欄です。

上記のシンポジウムにおいて、病理診断書はstand alone(独立型)であるべきと言われていました。どういうことかというと、簡潔な臨床情報、ヒストリー、肉眼所見も病理診断書に記入しておくことで、臨床家やその他の読者が病理診断書を手にして読むだけで「なぜ生検が必要となったのか。生検組織にどのような変化が起こっていて、今後どのような予後・帰結が予想されるのか。」をスッキリと理解できるようになる、ということです。日本では、病理検査の依頼書と病理診断書をセットで保管しておけばこの要求は満たされるという考えから、臨床事項を病理診断書に書く例は少ないようです。

では、上記①~③を順に見ていきましょう。①の「所見」は、顕微鏡のレンズを通して見える世界を言葉に置き換えたものです。所見の面白いところは、同じ標本を10人の診断医に渡した場合、10通りの所見が得られることがざらにある、ということです。それは文章の長さとか文体といったことで現れるかもしれませんし、着目する病変の重要性の順位付けに拠ることもあるでしょう。その診断医が受けてきた教育、師事した人、勤務経験、得意分野(臓器、疾患、動物種等)、読者(臨床家)との距離感、検査施設の方針、診断書の所見欄の広さ、診断医の心身の状態などなど、所見に影響を与える因子を挙げだしたらいくらでも書けそうです。

所見に関して上記シンポジウムで強調していた点はいくつかあり、最も基本的なことは「臨床家がその症例に適切に対処するために必要な情報を書くこと。また、所見は診断を支持するために必要十分な量であること」でした。外科病理検査では対象動物はまだ生きていることが圧倒的に多く、病理検査の結果が多くの人や動物そのものから待たれています(時間的制約)。そして、検査施設には日々多くの検体が送られてきて、それらは極悪の腫瘍だったり、非腫瘍性の過形成だったり、病変の質は多岐にわたります(量と質のバランス)。ですので、全ての症例に同じようなペース配分で対処するのではなく、「良性の病変には必要十分な量の所見で対応し、こうして作った時間を、より難解な病変の検査に回す」ことが重要なのです。

中には、今まで見たことがないような病変や、臨床像からは予想もつかないような病変に遭遇することがあります。そういったときは、丁寧に所見を記述して過去の症例と比較したり、セカンドオピニオンに回したりということをします。他の病理診断医や、専門家の資格を持ち組織病理学に精通している臨床医(例:皮膚科専門医)に診断書が渡ることを想定し、敢えて所見を細かく記載する場合もあります。

所見の具体的な書き方について厳密な規定はありませんが、これは最低限書くべきということが提唱されています。それは悪性腫瘍の記述についてです。犬の皮膚肥満細胞腫と軟部組織肉腫(日本では血管周皮腫と呼ばれることが多いようです)については、獣医病理学の分野では確立したグレード分類(組織学的悪性度分類)がありますので、グレード分類に寄与する所見は書かれているべきです。他に、悪性腫瘍全般に関しては、「分化度」、「局所組織浸潤」、「脈管内浸潤」、「間質の反応性線維増生」、「壊死と炎症」、「被膜形成」、「分裂指数(必ず高倍率で10視野数える)」、「摘出の完全性」を書くことが望まれています。その他については必要十分な量の所見で、ということになりますが、獣医療訴訟がアメリカ並みとは言わないまでも起こる可能性が高まっている昨今ですので、病理診断医としても「私はこの所見を見逃していませんでした」と後で証明するために、ややボリューム感のある所見欄を作ってしまいがちになっています。

②の「診断名」は、病変の性質を端的に表した語句であり、臨床家が最も重要視する項目ではないでしょうか。シンポジウムでは、「診断名の欄には(基本的に組織学的)診断名を書きなさい」と言っていました。おそらく、診断名の欄に診断名を書かず、「コメント参照」と記載している診断医が少なくないからだと私は思っています。とりあえず、診断不能の標本(熱変性、挫滅、ホルマリン固定不良/未固定、凍結、死後変化等のアーチファクトが生じた標本)や、あまりに小さすぎる標本でなければ、何らかの組織学的な情報が顕微鏡で得られるはずであり、それについて病理診断医は名前を付けることができるはずです。「正常組織」とか「腫瘍性変化なし」という名前でもいいはずです。診断不能であれば「診断不能」という診断名も成立しうるはずで、その理由をコメントで説明すれば、臨床家は次回から同じ轍を踏まないよう努めてくれるはずです。診断名の欄は、病理診断医から臨床家への最も簡潔明瞭なメッセージが書かれている・書くべき箇所と言えます。

③の「コメント」は、腫瘍の場合は良性か悪性か、悪性であれば予後予測(外科的摘出の完全性、成書・過去の報告に基づく)について書くことが多くなっています。獣医学は、しかしながら、腫瘍の予後の研究にまだまだ欠落した部分が多く、臨床家が知りたい「客観的な」情報をお伝えできないことの方が多いものです。それでも何とかできることはしたいと思い、腫瘍細胞の顔つきの良し悪し(異型性の程度)、分裂像の数、脈管内浸潤像やリンパ節転移像の有無(遠隔転移しやすそうな腫瘍か否か)から得た「主観的な」意見をコメント欄で書くようにしています。腫瘍以外の疾患、例えば肝臓の疾患などは、所見よりもコメントが長くなるのが普通です。鏡検の結果を、読者にわかるように翻訳することが病理診断医の役目だからです。

今回は以上となります。

(三井)