腎泌尿器学会でのQ&A

暑い夏が過ぎ行きつつあります。弊社で診断した熱中症疑いの病理症例は、とある動物園のオランウータンだけでした(確定診断は困難でした)。マスコミを通じた熱中症予防キャンペーンが、今年の酷暑にはかなり奏功したようです。

さて、去る8/25(日)の日本獣医腎泌尿器学会「下部尿路腫瘍の診断と治療」パネルディスカッションの全体討論で出た質問と、それに対するパネリストたちの返答を(記憶に頼ってやや大雑把な部分がありますが)まとめてみました。

Hydronephrosis TCC paraprostaticCyst K9 3774-07

  参考写真: 雄犬の膀胱三角部の移行上皮癌によって生じた両側性の水腎症および水尿管

・膀胱三角部の移行上皮癌(TCC)の尿管への浸潤の程度はどうなのか?
→具体的に何cmまで浸潤するなど、気を付けたことがないので正確にお答えできない。尿の流れに逆らって膀胱三角部の腫瘍細胞が尿管の起始部や腎盂まで及ぶことはないと思うが、局所での浸潤や、それによる尿管内腔の閉塞は十分ありうるだろう。今後の症例で注意してみたい。

・猫の膀胱腫瘍に遭遇することは稀だが、内訳として何が多いか?
→猫の膀胱腫瘍自体が少ないが、リンパ腫が多数を占めている(文献的にも)。TCCの報告は一例のみ。

・避妊雌犬でTCCの発生が有意に多いとのことだが、犬の避妊手術の前の飼い主さんへのインフォメーションに含めるべきか?
→それは正しいかもしれないが、過剰な感も否めない。TCC以外の悪性腫瘍で、避妊雌犬で統計学的に発生に多いものが複数あると思うので、そのようなインフォメーションをやり出したらきりがないのではないか。TCCの場合は、有意に多いと言っても未避妊雌犬の2倍で、TCC自体の発生率もとても多いと言えるほどではない。

・なぜTCCは膀胱三角部に多いのか?
→膀胱腫瘍を誘発する化学物質がいくつか明らかになっているが、尿に溶け出している化学物質に触れている時間が長い部位に腫瘍が生じやすいのではないかと、文献では推察されている。個人的な意見では、膀胱には空気が入っているわけではなく、尿はまんべんなく膀胱粘膜全周に触れているはずなので、濃度差が生まれるという理屈がよくわからない。他に、尿管から出てきた直後の、化学物質濃度が高い尿が三角部を常に通過するからではないか、との意見あり。

・TCCの皮膚転移を報告した論文(最新のVet Pathol)について、尿を経由して皮膚に直接移植されたとは、にわかに信じがたいが、真相はどうなのだろうか?
→ここで話題になっているCutaneous metastasis of transitional cell carcinoma in 12 dogs, Reed LT et al., Vet Pathol 50(4), 676-681, 2013. では、皮膚へのTCCの転移が陰部、鼡径部、腹部に頻繁にみられ、これらがTCCの際によくみられる頻尿、不随意排尿による「尿やけ」の好発部位であること、そしてTCCの細胞は尿中に浮遊していることから、尿経由の皮膚転移の可能性が高いのではないかと「考察」されている(証明はされていない)。質問者の言うように、未知のリンパ行を伝っての転移の可能性も十分ある。今後の症例の積み重ねが必要と思われる。蛇足だが、TCC罹患雌犬では、尿道開口部付近の膣粘膜に微小な結節が見られることがあり、調べるとTCCであることが多い。これは尿中に腫瘍細胞がこぼれ落ちていることを示している。

・TCCの細胞診で、「これが見えたら確定」という所見はあるか?
→明白に悪性という細胞と、明白に非腫瘍性という細胞は、細胞診でもかなりの自信を持って診断できる。問題は、中間的な所見を示す細胞である。悪性所見は一つではなく、N/C比の増大、核や細胞の大小不同、核膜の不整など、いろいろある。さらにTCCの細胞診は尿中にプカプカ浮いている細胞を調べるため、本来の細胞よりも悪性所見が誇張される。また、膀胱炎が背景にある場合も、細胞が過形成化して悪性所見と混同される。判断に迷う症例は、プロの臨床病理医に検査を依頼した方がよいだろう。

・TCCのある膀胱を全摘出してから1年くらいまでは小康状態を保つが、それから一気に転移することがあるが、なぜか?
→はっきりとは分からないが、遺伝子の変異が積み重なってある時点で一気に悪性度が増す可能性がある。

・TCCという診断名は同じでも、予後にかなりの違いがある。組織学的に乳頭状vs非乳頭状、浸潤性vs非浸潤性を組み合わせて4つのパターンに分類できるとのことだが、個々の細胞自体にも予後に関連した差異はあるのか?
→現在のところ遺伝子検査などは行われていないが、そのような差異はあると思う。同じパターンのTCCでも、腫瘍細胞の顕微鏡的な形態が違うことは結構あるので、何らかの分子生物学的な差異が形態に反映されていると思われる。これも今後、研究対象となるべき興味深い事柄である。

・TCCの組織学的グレーディングはあるのか?
→Classification of Canine Urinary Bladder Urothelial Tumours Based on the World Health Organization/International Society of Urological Pathology Consensus Classification, Patrick DJ et al., J Comp Path Vol.135, 190-199, 2006. という、人間の腎泌尿器病理学者らが作った組織学的グレーディングを犬の膀胱腫瘍に試しに使ってみたという論文がある。これによると、人間の分類が犬の膀胱腫瘍の分類にうまく使えたそうである。ただ、こういったグレーディングは個人によって使ったり使わなかったりすることが往々にあり、混乱のもととなるので、やると決めたら大勢の獣医病理医が集まって一緒に講習を受けて意思疎通を図るなどしなければならないだろう。なお、上記のグレーディングはあらかじめ決められた所見に合致するかどうかで判断され、点数制ではないため、個人的には客観性の担保にやや疑問を感じる。

<注> 今回の下部尿路腫瘍のワークショップの内容は、株式会社ファームプレス様より年1回(11月)発行される「日本獣医腎泌尿器学会誌」に収録されます。弊社代表の「下部尿路腫瘍の病理診断」や獣医大学の第一線の臨床の先生方の貴重な情報など盛りだくさんですので、お楽しみに!

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