2015年海外学会参加報告③

いつもお世話になっております。暦どおりの厳しい寒さが続いていますが、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。海外学会参加報告の最終回をお届けします。

<気になったポスター発表⑦ The importance of ergonomics in minimizing postural stress and associated pathology. (姿勢によるストレスと随伴症を最小化するための人間工学の重要性)>
・University of Georgiaの発表です。
・病理診断医は、仕事時間の大半を顕微鏡に向かって過ごします。学校時代、顕微鏡に向かったことがある皆さんであれば、おそらく想像がつくと思います。眼は疲れる、肩は凝る、腰は痛くなる、お尻がムズムズする、運動不足になって太る等々、世の中でこれほど過酷な座り仕事は、他には簡単には見つからないでしょう。さらに、レンズ越しに見える膨大な情報を脳で処理したり、所見をコンピュータに打ち込んだりという作業も加わります。かくいう私も、診断ノルマに追われた会社員時代は頑張りすぎて椎間板ヘルニアを悪化させ、何か月もの間5メートルも歩けないくらいの坐骨神経痛になり、最終的には手術をしてようやく日常生活を取り戻しました(下の写真は摘出したヘルニア組織です)。もうあの時のような体験は二度としたくないと、常々思っています。
・このポスターでは、病理診断医の職業病である「顕微鏡で仕事をするときのストレスと随伴症」を予防するためのコツについて、写真付きで解説していました。要点をまとめますと、
 ▷顕微鏡を机の端よりも内側に置いて、楽に肘がつけるようなスペースを確保する。
 ▷鏡検時の目線がなるべく水平になるように、接眼レンズの位置を調節する(顕微鏡の下に物を置いて高さを変えたり、接眼レンズ部分が動くタイプの顕微鏡であれば動かしたりして)。
 ▷背筋を伸ばす。
 ▷休憩をとる。
となります。
・当たり前のようなことばかりですが、長くこの仕事を続けるためには、ちょっとした配慮が必要なんだなと気づかせてくれたポスターでした。さらに、こういった、専門分野のちょっと周辺の事柄に目配り気配りがなされるのは、アメリカならではだなあとも思いました。

三井ヘルニア
三井ヘルニア

<気になったポスター発表⑧ Comparison of IBA1 localization in common model species used to study human lung disease.(ヒト肺疾患研究に汎用される実験動物におけるIBA1の局在の比較)>
・University of Iowaの発表です。
・Iba-1はマクロファージやミクログリアに特異的に発現しているカルシウム結合蛋白で、マクロファージ系細胞や、これらの細胞由来の腫瘍の検索に有用です。私の勝手な印象では、アメリカの獣医病理分野ではマクロファージ系細胞のマーカーとしてCD18がよく使われ、Iba-1はあまりお目にかかりません。単純ですが、これがこのポスターが気になった理由です。
・アメリカの獣医病理分野でも免疫染色(免疫組織化学。組織内の特定の蛋白を検出する検査で、腫瘍診断や病原体の検出等、様々な用途がある)は使われていますが、日本ほど免疫染色を多用しない傾向があるように思えます。一つの理由として、日本の獣医大学の病理研究室では、学生のうちから研究や診断のために自分で切片を作製したり特殊染色、免疫染色等の二次診断をするよう促されるのに対し、アメリカでは診断をする人と標本を作製する人の分業が徹底しており、免疫染色はお金のかかる検査になっているので、何とかしてヘマトキシリン・エオジン染色標本で最大限の情報を得ようとする、そんな背景がありそうです(間違っているかもしれませんが)。
・ですので、アメリカの免疫染色は日本ほどバラエティーに富んでおらず、日本人の研究者が当たり前に用いているマーカー(抗体)が案外知られていなかったりします。アメリカの獣医大学の中で免疫染色を精力的に行っているところでは、スペインやドイツといったヨーロッパ出身の先生が中心になって体制づくりをしていることも、興味深いことです。
・肝心のポスターの結論は、羊、ラット、マウス、フェレットで、肺にIba-1陽性細胞が検出されたとのことでした。

<気になったポスター発表⑨ Registry for veterinary forensic pathology cases: a searchable database for new challenges. (獣医法医学症例の登録:新しい試みのための検索可能なデータベース)>
・University of Minnesota, Cornell University, University of Guelph, Pennsylvania State Universityの共同声明のようなポスターです。
・私の興味によるところもありますが、今回の学会ポスターには明らかに従来よりも多数の獣医法医学関連の発表があり、とても目につきました。獣医病理学が獣医法医学に積極的に関与して行く必要があるという、潮流のようなものを示しているように思えました。
・このポスターでは、複数の大学が協力して、法医学の症例のアーカイブをつくろうと呼びかけていました。私も後日メールを送ろうと思いますが、下のアドレスがポスターに掲載されていました。
Dr. Wuenschmann A.  wunsc001#umn.edu (#はアットマークです)

というわけで、3回にわたってお送りした学会報告はこれで終わりです。もっとたくさんのポスターに興味を抱いたのですが、一般の方もご覧になるホームページですので、専門性の高い学術的なもの(オタク的なもの)の掲載はしませんでした。

今年2016年は12月にニューオーリンズでACVP学会が開催予定ですので、いつもより少し長めに滞在して、口演も沢山聴いてこられたらいいなと思います。日本人の先生の発表のサポートもする予定です。そういえば、2015年のACVP学会にも日本の先生が書かれた優れたポスターがあったり、口演があったりしました。今年もその流れが続くといいなと思います。

次回のブログは、今読んでいるVeterinary Forensics, 2nd ed, Melinda D. Merckより、興味深く役に立ちそうな内容をピックアップして書いてみようと思っていますので、お楽しみに。

ノーバウンダリーズ動物病理
三井

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