2019 ACVP学会参加記

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。既に2か月ほど前(昨年)のことになってしまいましたが、アメリカの学会に参加して感じたことを雑文にまとめましたので、お時間のある時にお読みいただければ幸いです。

 

昨年4月に岡山理科大学獣医学部に赴任して心配していたことのひとつは、「大学の仕事のために、米国獣医病理学会年次大会(以下、ACVP学会)に参加できないのではないか?」ということでした。幸いにも11月初旬は担当の実習・授業が無いことが判明し、そそくさと6月に航空券を買って楽しみにしておりました。日本の獣医病理学関係者、とくに大学の教員にとって、11月初旬は学生の卒論指導等で大忙しの時期です(ということは、岡山理科大学獣医学部でも、いずれACVP学会参加が厳しくなるのかも)。日本の優れた獣医病理学の研究成果を世界に向けて生でアピールできるチャンス、そして、世界中から集まる獣医病理学関係者と直に接して信頼関係やコネクションができるチャンスがACVP学会なのですが、日本のアカデミックスケジュールに阻まれて、毎年ほんのわずかの人数(今年は大学教員がたったの2名)が参加するにとどまっているのはとても残念です。ちなみに昨年は、アジア出身者としては台湾人研究者の学術発表が大きなインパクトを残していました。また、中国の潜在能力を考えると、近い将来、アジアの獣医病理学の勢力図は大きく変わるかもしれません。日本は規模では徐々に埋もれていくと思いますが、キラリと光る、また、多くの人に役立つような研究ができるように、世界の趨勢を見知っておく必要があると感じております。今年はシカゴで学会が開催されます。直行便でひとっとび、エンターテインメントが豊富な美しい街並みの大都市ですので、是非多くの日本人に参加してほしいと願っています。

 

本題ですが、2019年11月9日から13日まで、アメリカ南部のテキサス州にある、軍事的要衝の街「サン・アントニオ」にて、ACVP学会(米国獣医臨床病理学会ASVCPと常に共催)が開催されました。渡航の際に驚いたのは、成田でも、アメリカの空港でも、顔認証システムによって出入国の審査が格段にスムースになっていたことです。愛媛県の松山空港から飛行機(エコノミークラス)を3機乗り継いで20時間ほどかけてサン・アントニオに着きましたが、このスムースさのおかげもあってか、普段ほど疲れませんでした(やせ我慢、かも)。サン・アントニオ自体は変哲もないアメリカの大都市で、私が昔暮らしたインディアナ州を彷彿とさせました。でも、住めば都なんですよね、どこでも。学会会場は大きなホテルで、リバーサイドウォークという観光地にほど近く、5泊6日の滞在は快適でした。

サン・アントニオ観光の中心、リバーサイドウォーク

毎回ACVP学会に参加して飽きずに感銘を受けるのは、女性の病理関係者の多さです。大袈裟かもしれませんが、今回は、学会参加者(1,000人には届かないと推定)の7割近くが女性だったような気がしました。学会の理事も女性が過半数を占め、講演も女性が盛り上げと、日本では残念ながら見ることが難しい光景でした。アメリカの獣医学部において女子学生が7割近くを占めていますので、卒業して就く職業においてもそうなるのは自然かもしれませんが、学会の中枢にもその比率がしっかり反映されているのは、個々人のプロ意識が高いことや、社会制度の整備ができているからではないかと推測します。私が現在働いている大学の研究室では構成員3名のうち、私の上司にあたる2名が女性で、全国的にも珍しいと思います。女性が多数要職に就き、組織を動かし、様々な視点を採り込んで活気のある学会なり職場なりにしていくことが当たり前になるように、皆が意識して改善をしていかなくてはと、ACVP学会に来てあらためて感じました。

 

もう一つ、今回「うねり」を感じたのは、マイノリティーに寛容な学会にしていこうという決起集会のようなものがあったことです。性別、人種、性的指向を理由にした「壁」は、どうやらアメリカの獣医病理コミュニティーにおいても存在した/しているようです。とある発表者は、20年ほど前には黒人の女性が大学教員になることにハードルがあったと述べていました。そういった苦境を乗り越えて来た人、乗り越えようとしている人、関心を持つ人が狭い部屋にすし詰めに集まり、diversityの重要性、diversityが産む力についての演説を聴いたあとで、ネット上のアンケートに応え、最後に盛大におしゃべりや飲み食いをしていました。う~ん、これぞアメリカという気がしましたが、本来アメリカであればそんなことは解決済みだと思い込んでいたところ、まだまだ根深い問題としてあるのだな、生きづらいのだなと気づかされました。

 

学会の本番が始まる前日には、お金を別に払って参加する1日がかりの勉強会(いくつかのコースがあり、一つを選択する)があるのですが、今回私は「霊長類の病理」について網羅した勉強会に参加しました。ここでも講師もコーディネーターも全て女性で、様々な種類の霊長類の形態病理や臨床病理について概観してくれて頭が整理できました。獣医病理医はあらゆる動物種に対応できるように、研鑽を積まなければならないので大変です。

 

学会のメインである講演やポスター発表についての報告は、すべてを網羅することはできませんが、北米以外の国からの発表者が目立った気がしました。ポスター発表については、例年と方法が変わって、細かく発表時間を区切って、限られたスペースでより多くのポスターが人の目に触れるようにされていました。特に、獣医学部生やレジデント(研修生)といった若い人たちの発表(賞が設けられている)のポスターは長い時間掲示されていて、もちろん採点者の便宜のためでもあるのでしょうが、前途のある人たちにより多くの機会を与えようという配慮がうかがわれました。私も、学会前ギリギリのタイミングでポスター発表の機会を得て、岡山理科大学獣医学部で実施した剖検症例を紹介したところ、数人が立ち止まって説明を聞いてくれました。症例に携わった臨床の先生方や、亡くなった動物の飼主様にある程度報いることができたと思っています。当初は別のトピックで口頭発表を狙っていたのですが構成が未熟だったためか、夏の審査で落選してしまいました。ACVP学会での発表は、口頭でもポスターでも、抄録の事前審査があるので、今年はしっかり策を練って臨みたいと思います。

 

学会ポスターの様式は時代とともに様変わりしており、各自が工夫を凝らして人の目を惹くようなあの手この手を繰り広げていました(一部を写真で紹介します)。今後、学生さんにポスター発表の仕方を教える際に参考になることも多くありました。また、私自身が、いくつものポスターから学び、著者に質問して研究に関わるヒントを得ることができ、有意義なポスターセッションでした。

ICタグにスマートフォンをかざすと、詳細な資料が得られる仕組み。

オーソドックスなポスター。病理形態学では写真がモノを言います。

口頭発表で鮮明に覚えているのは、バリバリの学術発表ではない話でしたが、The End of the Beginning: Cancer, Immunity, and the Future of a Cureという本の著者であるWashington UniversityのMichael Kinch博士の講演です。腫瘍の研究の歴史を、様々なトピック(ロックフェラー・ジュニアが子供のころに唯一心を開いていた女友達が腫瘍で亡くなり、のちに医学研究のために大学をひらいたという逸話から、昨今の免疫チェックポイント阻害薬の開発に至るまで)を織り交ぜながら、聴衆を飽きさせることなく1時間ほど惹きつけ続け、最後は万雷の拍手でした。講演(口演)についてACVP学会でいつも目にする日本との違いは、カンニングペーパー(パワーポイントの発表者モードに書き込んである文章や、紙やスマホに書いた文章)をACVP学会では皆、一切使わずに発表することです。アメリカ人にとって一番の恐怖は人前でスピーチすることだと、以前に留学中に受けたクラスで教わりましたが、それだけスピーチ、プレゼンにはこだわりがあるのでしょう。ずっとカンペに目線を落として完璧を期すことを狙う日本人研究者のスピーチには、ジョークも、聴衆の反応をうかがう余裕もありません(間違いを排除した発表をすることが目的、まあ、それはそうなのですが)。人を動かし、好奇心と記憶力を刺激する発表の実例を、特に若い人たちには是非、海外に出て行って感じてもらいたいなと思いました。

 

個人的に興味を持って聴いた口頭発表として、Insect pathology、すなわち昆虫病理学がありました。昆虫はいま、食糧難や環境問題を解決する蛋白源として注目を集めています。また、植物の大敵である昆虫を、昆虫にしか感染しないウイルスで撲滅する「生物学的駆除」のトピックもあります。なぜ獣医さんが昆虫を?と思われるかもしれませんが、獣医師法で獣医師の守備範囲とされている生物にはミツバチが含まれています。魚もそうですが、世間一般には獣医さんの仕事の対象と思われていない動物種が、実はたくさんあるのです。昆虫病理学は、世界各地で、歴史古く発展してきた学問ですが(日本でも養蚕が盛んな頃はカイコの研究が多くなされ、東京農工大学の「農」は養蚕研究機関が母体でした。東京の小金井市にある農工大博物館は面白いですよ!)、昨今は獣医学研究が医学寄り、分子生物学寄りになりがちなので、あまり従事する人がいないようです。だからこそチャンスなのかもしれません。膨大な種類が存在し、自然界を支えている昆虫たちの病気の解明を目指すのも、獣医師のロマンではないでしょうか。

 

学会5日目(最終日)に行われた獣医法医科学の半日がかりのワークショップに、昨年に続き参加しました。この内容は、昨年12月に大阪府立大学で行った講演の際に詳しく話しましたが(下記パワーポイント参照)、人の法医学のシステム立ち上げや検査手技の標準化の実務経験のあるゲストスピーカー達(非獣医師)が、実例を豊富に交えて、我々獣医パソロジストへのアドバイスを山ほど提供してくださいました。獣医法医科学はとにかく金にもインパクトファクターにもならない学問分野ですので、日本では見向きもされなかったり、逆に、獣医病理専門医ではない方々によって運営されていたりするようです。動物の世界では、法律的に非病理医が行っても構わない検査ではありますし、法医学自体が裾野の広い学問ですので入口はたくさんあっていいと思いますが、病気のメカニズムを探求してきた/いる者(獣医病理専門医)がしっかり携わらないといけないのだなと、今回のワークショップにおいて感じた次第です。

シンポジウム内容抜粋①

シンポジウム内容抜粋②

今回の学会では学術活動の他に、いくつもの胃が痛くなるミッションを授かって(押し付けられて?)いました。JCVPという、日本版ACVPのような団体があるのですが、この団体の役員の先生がどなたも参加されないため、平JCVP会員の私がVIPディナー、Veterinary Pathology誌編集委員会、ACVP理事との懇談およびJCVPの紹介という「3重苦」を担うことになりました。最後の懇談および紹介の場には助っ人の日本人の病理医がついてきてくれて気が楽でしたが、あとはかなり戸惑いました。VIPディナーでは特に、周りがみな重鎮で皆知り合いどうし英語でワイワイ話しているところに下っ端の私が一人参加した形のため、完全に浮いてしまい、始まる前は「帰れるものなら帰りたい!」と心から思いました。実際レストランについてみると、たまたま隣に座った初老の男性が非常によくしゃべりかけてくれて、日本の名古屋大学の医学部に研究パートナーがいて日本には何度も行っているとのことで話題を次々に提供してくれて、本当に地獄で仏に会った気がしました。この方はJerrold Wardさんで、NIHに長年いらしたそうなので、ご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。レストランからの帰りのバスでは、獣医骨病理学の大家であるオハイオ州立大学のSteven Weisbrode先生と隣になり、酪農学園大学に行ったことがあるという話や、いつか日本に講演にお招きしたいという話も(ほろ酔いも手伝って)することができ、緊張の3時間を終えることが出来ました。寿命が縮まる思いでしたが、結果オーライということで。ただ、今年はちゃんと日本の重鎮の先生に出席していただきたいと思っております。

寿命が縮んだディナー

ACVP学会では数時間程度の小さな観光をたいていする私ですが、サン・アントニオでは余裕がなく、一回だけ街の中をジョギングしただけでした。日本に戻る途中、ちょうど一晩のトランジットがロスアンジェルスであったため、太平洋を見るために朝の散歩をしたのが唯一の観光でした。太平洋の波は大きく、瀬戸内海を見慣れた目からするとちょっと恐怖でした。朝から多くの人が海岸でスポーツ(ジョギング、サイクリング、サーフィン等)をしていて、街の余裕を感じました。また、海に近い(が、津波が来なさそうな高台の)地域は超豪邸が立ち並び、歩くだけでビクビクしてしまいました。ホテルから空港へ、初めてUberを使って行こうとしたら、屋外でインターネットにつながらず、断念して普通にタクシーを呼んでもらいました。

夜明けの太平洋

13~15年ぶりに会う仲間もいた、パデュー大学ミニミニ同窓会

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三井一鬼