腫瘍のトピックが続いてしまいますが、病理組織検査をしていると、「腫瘍の再発を疑っています」という一言とともに検体が送られてくることがよくあります。要するに、以前腫瘍を摘出した患者さん(動物)に新たに腫瘤(平易に言えば「しこり」)が出来て、「同じ悪いものがまたできたのではないか?」と、ご家族や臨床獣医師が危惧している状況です。
病理診断医としてはその疑いに答えを出さねばなりません。ですがその前に重要なのは(いつでもそうですが)、言葉の定義をしっかりしておくことです。
再発という言葉は、わりと曖昧に使われています。広辞苑では「再びおこること。再び発生すること」と説明されており、なんとなくわかった気分になります。医学・獣医学的には、一旦は収まっていた症状が再び勢いを取り戻すという臨床徴候的なものから、腫瘍の再発、すなわち、手術で取り残されていた腫瘍細胞や治療に抵抗して生き残っていた腫瘍細胞が再び勢力を取り戻して増殖してくる、というミクロの視点のものまであります。状況や使う人によって同じ「再発」という言葉でもニュアンスが微妙に異なっているのです。ちなみに、「前の腫瘍の再発ですか?」という問いに答える際の病理診断医の基本姿勢として、「前の腫瘍細胞の生き残りが増えたのですか?」という問いに置き換えて考えるようにしています。
この問いに答えるために重要な点が三つあります。すなわち、後から出来た病変が以前摘出したものと、
①同じ部位にあるのか否か
②(組織学的悪性度の違いはあっても)同じ診断名であるのか否か
③どのくらい時間が経って出来たのか
ということです。わかりやすいのは、同じ診断名の腫瘍が、前回摘出した部位と全く同じ場所に、術後数カ月で生じてきた場合です。これは直感的に「再発だ」と納得がいきます。逆に、顕微鏡的に異なる病変、発生部位が異なる病変、かなり長いインターバルを経て出てきた病変の場合には、再発性病変である可能性はないか、低くなります。ただ、生きものに例外はつきものです。以下のような例も起こります。
例1.「犬の乳腺の良性腫瘍を1年前に完全摘出し、同じ部位にまた同じタイプの良性腫瘍ができました。私はこれを再発と考えるのですが、いかがでしょうか?」という、ある獣医師からの問いに私はこう答えました。「犬の乳腺の構成要素である乳腺小葉は胸部皮下組織に数万個(おそらくそれ以上)あります。そのどれもが腫瘍に変わる可能性を持っていますので、de novo(デノボ。以前と関係なく新たに起こる、という意味)の病変が非常に生じやすい組織と言えます。先生が再発と思われた病変は、実は前に腫瘍化した乳腺小葉のお隣の、別の小葉から発生した病変と推察されます。良性腫瘍は完全摘出されていれば再発の可能性はほぼゼロです。ということで、今回は再発性病変とは考えにくいのかなと思います」
例2.「3年ほど前、頬に脂腺上皮腫(皮膚のアブラを分泌する上皮細胞由来の腫瘍)の悪性度の高いタイプが出来まして、今回も同じ診断名で部位も同じなんですが、再発ですか?」という問いには、「再発の可能性はありますが、3年という期間を考慮すると、どちらかと言えばde novoの病変かと思います。ですが、皮膚の脂腺は体表のほとんどの領域にありますので、de novoの脂腺上皮腫の発生や、別のタイプの皮膚腫瘍の発生にはこれからも注意してください」とお答えしました。
例3.「今回は右前肢の付け根に腫瘤があります。およそ1年前に、右の指の扁平上皮癌を摘出しているんですよ。その時の腫瘍摘出は完全だったのですが…。再発でしょうか?」というお話もありました。今回提出された腫瘤を顕微鏡で検査したところ、扁平上皮癌が転移した右腋窩リンパ節でした。「厳密に言うと扁平上皮癌のリンパ節転移ということになりますが、広い視点から見れば再発、ということになりますね」と、後日主治医にお話ししました。
このように、再発という概念もまた、丁寧に情報を集めてケースバイケースで臨床サイドに説明すべき事柄であると考えています。ただ、再発かde novoかさっぱり分からない腫瘍症例が実は少なからずあるにもかかわらず、客観的な検証手段はほとんどないのが現状です。まずは臨床医と病理医の間で、「再発という言葉の曖昧さ、難しさ」を共有しておくことが重要かと思います。
最後に、なぜ再発にこれほどこだわるのか?と不思議に思われる方へ。再発とは、獣医師にとって、腫瘍に負けたような気にさせられる言葉だからです!(必ずしもそうではありませんが。)