世の中にいったいどれくらいの種類の病気があるのかわかりません。自分自身がこれまでに罹ってきた病気を、治ったものもそうでないものも含めて数えようとすると、これまたピンときません。おそらく100はないかもしれないですが50以上はあるのではないかと。よくわからない。症状は覚えていても、結局原因がよくわからずじまいだったということもしばしばありました。病気というのは案外ありふれたものであり、生きている以上はお付き合いしなければならないようです。
病気を理解するには病気になった細胞、組織、器官、臓器、個体や、環境、社会、他の生き物(微生物、動物など)、血縁、生活習慣など、いろいろな事柄を詳しく調べるのが「王道」ですが、視点を変えて、ある病気に罹らない、あるいは罹りにくい個体、集団、社会などを詳しく調べるというアプローチもあります。
最近テレビで見かけることが増えてきた気がするハダカデバネズミ Naked mole ratは、ネズミのように見えて実はヤマアラシに近い動物のようですが、この出っ歯で毛のないユーモラスな動物は、なんと驚くことに30年以上も生きることがある超長寿で(マウスはせいぜい4年まで)、しかも腫瘍の発生がないそうです。人間も動物も長生きすることが可能になってきた半面、腫瘍に苦しめられる機会がその分増えています。腫瘍をどのように予防したり治療したりするかということは、人や動物の医療において最大のテーマと言っても過言ではありません。ちなみに腫瘍というのは、「細胞増殖によって正常細胞より速く成長する異常組織(以下略)」のことです(ステッドマン医学大辞典)。
有名な科学雑誌Natureに最近掲載された記事(下のリンク)は、ハダカデバネズミが腫瘍に罹りにくい原因として、身体の支持組織の主たる構成要素である「線維芽細胞(せんいがさいぼう)」の働きが、他の動物とは違うからではないかと記しています。すなわち、ハダカデバネズミの線維芽細胞は、長鎖ヒアルロン酸という物質を大量に産生し、この物質が間質(細胞と細胞の間のスペース)に豊富にあることで、腫瘍細胞の移動スピードが遅れます。有明海の干潟を皆さんが歩くようなものです。ゆっくり動く分、腫瘍細胞を攻撃する免疫反応の時間が長くなり、有効に腫瘍の芽を摘み取ることができるのではないかと考えられています。
https://www.nature.com/news/simple-molecule-prevents-mole-rats-from-getting-cancer-1.13236
面白い顔をした裸の長寿生物が、人間や動物の腫瘍の苦しみを減らしてくれるかもしれない!期待したいですね。頑張れ、ハダカデバネズミ!しかし英語名を直訳するとハダカモグラネズミなのに、わざわざモグラを出っ歯に変えなくてもと思うのは、私だけでしょうか。
もう少し硬い内容の「腫瘍ゲノム解析」のお話は、次回といたします。お楽しみに。