明けましておめでとうございます。本年も、何卒よろしくお願いいたします。お正月早々から、海外学会参加報告の第2回をお届けします。
<気になったポスター発表③ Veterinary forensics: investigating multiple gunshot wounds in a yellow Labrador Retriever. (獣医法医学:1頭のラブラドール・レトリーバー犬の多発性銃創の調査)>
・Cornell Universityの発表です。
・当社の過去のブログでも取り上げましたが、獣医法医学への取り組みが近年アメリカで急速に活発になっており、今年(2016年)にはアメリカ獣医病理学会で主要なトピックになる予定です。それだけ、アメリカ社会のこの分野への関心やニーズが高まっているのでしょう。今回の(2015年の)学会でも、獣医法医学関連分野のポスター発表がこれまでよりも明らかに増えていました。
・動物虐待の「手口」は様々ですが、アメリカでは銃社会を反映してか、銃による動物の殺害が少なくありません。私がPurdue大学に留学していた際にも、銃で殺害された動物を数頭解剖したことがあります。何ともやるせない思いがしたものです。
・このポスターでは、銃殺された動物の検査の際に気を付けるべき基本的な事柄や用語を、丁寧に説明していました。例えば、銃口と着弾部位の距離を4段階(contact, near-contact, intermediate, distant)に分け、その見分け方を説明していました。また、弾丸が貫通する場合はperforating、体内にとどまる場合はpenetratingと呼ぶことや、弾丸のentranceとexitの傷を比べるとexitの傷の方が大きいなど、初心者にはためになる内容でした。
・前にも書きましたが、veterinary forensicsの目的は病理解剖とは異なり、どのように殺されたのか、致命傷は何だったのか、犯罪性があるのか、科刑にどのような影響を与えるのかといった、特殊な要求(司法の判断材料、証拠としての検査)が存在します。従来の獣医病理学の知識や経験だけでは対処できない事柄が多くあり、獣医病理医は調査チームの一員、すなわち主役ではなく名脇役として働くことが求められます。
・獣医法医学とは世知辛い世の中が生み出した産物と言えなくもなさそうですが、日本でもこの分野は必ず必要になってきますので、勉強が欠かせないと痛感しました。
<気になったポスター発表④ Soda and snacks: applying veterinary forensics techniques to food contamination. (炭酸飲料とスナック菓子:食品混入事例への獣医法医学の応用)>
・University of Queenslandの発表です。
・またもや獣医法医学関連ですが、この発表は一風変わっています。日本でも食品への異物混入が取り沙汰されることが増えています。非生物(機器の部品等)が混入する場合もあるでしょうし、ネズミや虫の死骸が見つかることもあるでしょう。いずれにせよ、製造過程のどこで異物が混入したのかを決定することが、再発防止に重要となります。
・異物が生物であった場合、その生物は食品製造過程に侵入して製品を食べていたのか、偶然に死骸が紛れ込んでしまったのか、また製造のどこかに加熱の行程があるのならばその前と後のどちらで混入したのか等の疑問を、綿密な病理検査で明らかにできるのではないかというのがこの発表の趣旨です。実際に解明が可能だったのかどうかメモし忘れてきてしまいましたが、そのアプローチはとても自然だと思いました。病理検査がこのような形で社会に貢献するとは、想像もつきませんでした。
<気になったポスター発表⑤ 免疫染色の抗体>
・人でも動物でも、腫瘍診断の大半は「ヘマトキシリン・エオジン染色標本(HE標本)」という、病理医にとっては全世界共通言語のようなプレパラートの顕微鏡的な検査で行われます。ただ、中にはHE標本の境検だけでは腫瘍の種類を厳密に特定できない場合があり、その際には免疫染色(免疫組織化学)という検査に頼ることになります。腫瘍細胞がどんな隠れた性質を持っているのかを、手間と時間とお金をかけて調べ直すのです。腫瘍の素性が明らかになれば、より有効な治療オプションの検討、予後判定、将来の比較研究等に、大いに役立ちます。今回の学会でも、人の医学で当たり前に使われている抗体を動物のサンプルに試してみたらこうだったという、免疫染色の研究報告がいくつかありましたので抜粋します。
・Napsin-A as an immunohistochemical marker of thyroid differentiation in canine thyroid neoplasm. (Purdue University)
甲状腺腫瘍で濾胞上皮由来かC細胞由来か迷う症例がありますので、助かりそうです。
・Autophagy in canine appendicular osteosarcoma: expression patterns of positive and negative regulators. (Guelph University)
四肢の骨肉腫において、抗がん剤の効果を左右するかもしれないオートファジー(自食という現象)の発現パターンを調べたもの。ちなみに、オートファジーのマーカーはBeclin-1でした。
・Surfactant protein-A as an immunohistochemical marker of canine primary pulmonary carcinomas. (Purdue University)
犬の肺癌が肺から生じた原発性のものか、他の部位からやってきた転移性のものかをHE染色で見分けるのが困難なことがあります。この抗体はTTF-1よりも陽性率が高かったとのこと。医学では当たり前のことのようですが、獣医病理学でも汎用されていくのでしょうか。
<気になったポスター発表⑥ A complementary diagnostic tool to histopathology: panfungal PCR on formalin-fixed paraffin-embedded tissues to classify fungal pathogens. (組織病理検査の補助的診断手法:真菌性病原体の分類のためのホルマリン固定・パラフィン包埋組織における汎真菌PCR)>
・Texas A&M Universityの発表です。
・病原体には細菌、真菌、ウイルス等様々な種類がありますが、このうちの真菌(いわゆるカビ)の種類を厳密に知りたい(同定したい)場合は生のサンプルを培養する手法がいまだに一般的で、一度ホルマリン(組織の腐敗を停止させる薬品であると同時に、最強の殺菌剤でもあります)に漬けてしまうとカビの検査はあきらめざるを得ないことが多々あります。組織標本上で(顕微鏡で)カビを見つけ、形態を把握して種類を予測することはできますが、「同定」することは不可能です。そこで開発されたのが、病理検査のために作ったパラフィン包埋組織からもPCRでカビの同定ができるというこの検査手法です。
・Texas A&Mのホームページを調べてもまだ検体を商業的に受け付けている様子はなさそうですが、おそらく近い将来、真菌性疾患の診断に力強い助っ人が現れることでしょう。特に死後検査においては死後の組織に非特異的にカビや細菌が増殖していることがあり、真の病原体かどうかを見極めるのに苦慮しがちですので、これは待望の検査メニューです。
今回は以上です。次回の最終回をお楽しみに。
ノーバウンダリーズ動物病理
三井