いつもお世話になっております。本年もお客様にご迷惑をおかけし、弊社スタッフや家族に助けられ、海外の学会に参加してまいりましたので、ご報告申し上げます。
2017年の米国獣医病理学会(American College of Veterinary Pathologists; ACVP)および米国獣医臨床病理学会(American Society of Veterinary Clinical Pathology; ASVCP)の合同年次大会は、カナダの南西の太平洋沿いに位置する大都市バンクーバーにて、11月5日から8日まで開催されました(私が参加できたのは6日まででした)。これらの学会は北米(米国、カナダ)に基盤がありますので、学会も両方の国で開かれます。以前にモントリオールで本学会に参加し、カナダ入国が若干2回目の私の印象では、カナダは米国と街の作りはよく似ていますが、流れている空気がアットホームで余裕があり、いい意味で緊張しません。いつものように空港から市街へ向かうタクシーで運転手と雑談したところ、パキスタン人の運ちゃんは「子どもに教育を受けさせるにはカナダは最高の国だ!」と言っていました。カナダの大学を出ると市民権が与えられるとのこと。獣医大学のレベルが米国と遜色ないことは私も知っていましたので、安全で文化が多様で自然豊かなこの国で、英語で教育を受けさせることは、子を持つ親ならだれでも多かれ少なかれ興味を持つのではないかと思いました。では、以下に、いくつかに分けて学会のことを書きます。
①Pre-meeting workshop(学会の本日程の前日に行われる勉強会)
今年は、Approaches to Quantitative & Semi-Quantitative Scoring in Translational Pathologyというワークショップに丸一日参加しました。「トランスレーショナルリサーチ(橋渡し研究)」という言葉を聞いたことがある方がいらっしゃるかもしれませんが、基礎研究で得られた成果を実際に臨床の現場で使えるようにしていく過程を対象とする幅広い学問分野だそうで、普段の私の仕事には縁がほとんどありませんので「どんなものなのだろう?」と思い参加しました。今回のワークショップは、様々なトピックについて10人以上のスピーカーがリレー方式でプレゼンをするやり方でした。トピックのタイトルを並べてみると、
The blind pathologist
Tissue scoring: Statistical approaches and data reporting
Histopathology Grading in Toxicologic Pathology — STP’s View
Comparative Pathologists: Ultimate Control Freaks Seeking Validation!
Approaches to Scoring IHC
Digital Imaging and automated quantitation
Adding analytical dimension with immunofluorescence
Approaches to Stereology
What the heck? Medical devices overview
Scoring cell death- apoptosis & necroptosis
Approaches to scoring infectious processes
Approach to grading lesions of osteoarthritis
Scoring degenerative and age related pathology
Approaches to scoring hematopoietic/lymphoid responses
Finding Order in the Chaos: Scoring the Continuum of Cancer
Pain in the Kras
Clone wars: the cognitive conundrum of xenograft scoring
何が何だかわからないかもしれませんが(私もそれほどちゃんとわかっていませんが)、人の疾患のメカニズムの解明や医薬品・医療機器の開発に必要な、動物、組織、細胞を用いた様々な試験に関する紹介や基礎的なポイントが語られていました。多くのトピックに共通していたことは、細胞や組織に生じた異常をいかにして数値化し、データに普遍性と客観性を持たせるかということでした。もともと数値で結果が出る検査ならともかく、病理学的評価の多くは形態学ですので、主観と客観のバランスをとるのが非常に難しい。トランスレーショナルリサーチにおける病理学は、主観を客観に翻訳・変換する作業を多く含んでおり、また、常に技術革新が積極的に応用されています。大きなお金が動く分野だから目覚ましい発展も当然のこと、そう言ってしまえばそうかもしれませんが、このような最先端の分野で培われたものが日常の臨床検体の病理診断に応用される例が今後増えていくでしょうから、興味津々でした。例として、近年発展が目覚ましいデジタルパソロジー(病理組織標本を専用のスキャナーで読み込んで、顕微鏡がなくともPC上で「鏡検」ができるようになっています)においては、これまで人間が一生懸命眼と手で数えたり評価してきたりした項目を専用のソフトウェアで一瞬にして把握することを可能にしており、診断病理医の仕事が将来なくなるのではないかという危惧の根拠になっています。当シンポジウムでは、様々な国際的な診断評価基準の整備の話も出ていました。医薬品開発は国境を越えて行われるのが当然になってきていますので、今後ますます、音楽家にとっての楽譜のように、病理医のための診断の決まり事がグローバル化していくでしょう。それにキャッチアップしていくのは大変そうですが、しない、できないとは言っていられない状況なのだなと感じました。
②学会
今年は日本の獣医病理医の認定試験を9月に受験した関係で発表にまで手が回らず、数々の講演を聴いたり、ポスターを全て見て回ったりと、受け身の参加になってしまいました。
講演では自然発生疾患のセクションに出席し、レッサーパンダのパルボウイルスの話(次世代シーケンサーまで駆使)、近頃はやっている個人宅での小規模家禽(鶏、アヒル等)飼育に対するカナダのオンタリオ州での疾病や防疫に関する調査、南米のパタゴニア地方でのアシカの幼獣の鉤虫寄生に関する調査、馬の陰茎に病変を作る2型馬パピローマウイルスの研究、猫の滑膜粘液種の研究(肉腫と改名した方がよいほど再発しやすい)、家畜の神経疾患に関する総説的発表等々を、興味深く聴きました。若い発表者たちも堂々と(内心は緊張しているのでしょうけども)、原稿など一切見ずに(日本では原稿にずっと目を落としっぱなしの発表者ばかりでがっかりします)、聴衆を楽しませるように喋っていて、聴きごたえがありました。
ポスター発表からも多くを学ぶことができ、ちょうど日常の病理診断で困っていた症例に関してヒントになるような題材があったり、新しい疾患や用語や概念を知ることができたりしました。
学会で得た知識は、今後の仕事に大いに生かしていきます!
③ミステリースライドセミナー
昨年同様、日本獣医病理学専門家協会(JCVP)と、我々が所属するACVP日本人会(JaGA)のコラボレーションで、神経病理ミステリースライドセミナーに参加した麻布大学の山崎先生をバックアップしました。山崎先生は相当事前に訓練を重ねられた様子で、原稿を見ずにスラスラと、聴衆を魅了する発表を英語で行いました。難度の高い発表にも関わらず、笑いもキッチリとっていました(これがこのミステリースライドセミナーの伝統でもあります)。日本の若手の獣医病理関係者の皆さんには、どんどんこういった経験を積んでいってほしいと切に思いました。
④その他
今年も、JCVPの代田先生と桑村先生がACVPの評議員と面会する際に同席させていただきました。JCVPとACVPは良好な関係を継続しておられるようですので、今後は日本を訪れる外国人獣医病理関係者が増えてくれたらなあと個人的に望んでおります。
JaGAのメンバーが例年になく多く参加し、メンバーが予約してくれた地元でも人気のレストランにて、牡蠣をはじめとする美味しい食材を堪能しました。多少酔いながらも真面目な話し合いもし、JaGAが今後もいろいろな人たちに役立つ組織であり続けることを確認しました。
学会プログラムがなかった時間を利用して、北大同窓の前田氏とともにレンタカーを借りて、ウィスラー(バンクーバー冬季オリンピックのスキー会場)等までドライブを楽しみました。気の置けない友人がいるというのはいいものです。
では、学会報告はこの辺で終わりにします。ご質問等があれば遠慮なくお寄せください。
末尾になりますが、学会参加にあたってご迷惑をおかけした諸先生方には、あらためてお詫びと感謝を申し上げます。2018年の学会(Washington DCにて開催)もおそらく同様になる予定ですが、何とぞご理解とご協力をよろしくお願いいたします。
三井