はじめに
いつもお世話になっております。大型の台風が今治に近づく中で執筆しております。
COVID-19により2年以上、私が関わる獣医病理関係の学会もオンラインで行われておりましたが、ようやくチラホラと対面開催が再開されております。このたび、ギリシャの首都アテネで開催された欧州獣医病理学会(ECVP)の年次大会(2022年9月7~10日)の参加記をお届けします。昨秋は2021年ACVP学会(米国獣医病理学会)にオンライン参加しポスター発表もしたのですが、時差により昼夜逆転で進行するプログラムにモチベーションが下がり、弊社HPに参加記を書くことを完全に失念しておりました。私のようなぐうたら者には、現地に行くことで完結する対面学会の方が、相性がいいようです。
自己研鑽、人脈開拓、異文化理解のため、獣医病理関係の海外学会への参加を毎年続けておりますが(2020年、2021年はオンライン)、今回米国ではなく欧州の学会を選んだ理由は、
・一昨年に勤務先の大学にて所属講座の異動があり、アカデミックカレンダーとの兼ね合いでACVPに参加することが困難になった
・欧州の獣医病理分野でどのような研究や教育が行われているのか非常に興味があった
・欧州に一度も行ったことがなかったので、一旅行者として興味を抱いた(COVID-19のため国内旅行すらできていなかったのもあり)
ということでした。
ギリシャとアテネの感想
50歳を目前にして、欧州のどの国を初めに訪れるか、漠然とイギリス、ドイツ、イタリア等を想像していましたが、まさかギリシャになるとは!結果としては素晴らしいものになりました。空港からアテネ市街へ移動するタクシーの車窓からは、豊富に注ぐ日光、青い空、日本のような幽玄さとは異なるシンプルで岩石の素材感が顕わな山々、白を基調とした角ばった建物の群れ、そして緑と言っても灰色や水色に近いような独特な緑色の針葉樹主体の森林が印象的でした。ある山は低木ばかりなので運転手に訊くと、たまに山火事が起こるからだそうです。市街に入ると警察署の前で学生がデモをやっていたり、運転手が軍や政治家の批判をあきらめ交じりでしていたりして、また、町もアジアのような乱雑さと欧州のテイストが入り混じり、車に負けじと大中小のオートバイが多く走っていて、優等生では決してないが人のエネルギーと言葉がほとばしる国だなと感じました。デモクラシーが生まれた国ということで、選挙の際には大いに論戦が盛り上がるという話も運転手から聞きました。
学会の前後には、24時間乗り放題で4.1ユーロ(500円くらいで、めちゃお得!)の公共交通共通乗車券で地下鉄、トラム、バスに乗ってあてもなく街を散策したり、地中海を見に行ったりもしました。アテネ市街は丘陵地帯に歴史的建造物が点在し、その隙間を密に5~8階の中層住宅や商店が埋め、まさに迷路のようでした。道端に車をずらりと停めるのは、日本では見ない光景なので新鮮でした。迷路と言っても東京のようなクリーンで静かな迷路ではなく、カオスのような迷路が至る所にありました。かと思うと、いきなり開けた公園があったりして、ベンチに座って心地よい風にあたると汗が引き眠気を誘いました。休暇シーズンということもあり、たくさんの欧州人や南北米人と思しき観光客が街や観光スポットにあふれていて、パルテノン神殿に登ったときは頂上の広場にいくつもの言語と人種がすし詰め状態で圧巻でした(中国や日本等のアジアの観光客は、COVID-19の規制中あるいは解除間もないためか、まばらでした)。ギリシャは海と島の観光も有名なので、地下鉄でアテネの港に行くと大型の鋭角のフォルムの客船が何隻も停泊して出発を待っていました。観光=産業、ということを普段あまり意識しない私ですが、アテネを見る限り、観光によって国が力強く支えられていることがよくわかりました(さぞかしコロナ禍は痛手だったことでしょう)。愛媛に帰ってきて周りを見回すと、ここをこう工夫したら観光客が増えそうだ、なんていう新しい視点が自分の中に芽吹いていて、海外に行くことの効能を実感しました。
ギリシャでの隠れたお気に入りは料理でした。特にギリシャサラダ(ギリシャ語では何と言うのか不明)とスブラキ(串焼き)です。ギリシャサラダはトマト、きゅうり、玉ねぎ、オリーブ、チーズ(スマートフォンくらいの板状のもの)をドレッシングで和えて(チーズは砕いて)食べます。サラダが好きな私は、後で気付くと滞在中毎日これを食べていました。おかげで、海外旅行中はいつも便秘になるのですが、今回はお通じがばっちりでした。スブラキはいろいろな種類の肉を串に刺して焼いたもので、焼き鳥とも言えますが、味付けが濃いめなのでサラダにもビールにもよく合いました。ギリシャビールは独特な味で、非常に美味しかったです。そのほか、海で漁をする国なので、魚の酢漬けとか、衣をつけて揚げた天ぷらのような小魚とか、メニューにハズレがありませんでした。また、コーヒー屋が街の至る所にあり、ピザやパンやスイーツ(めちゃくちゃ甘い)等と一緒に買って、通りにしつらえられた席で食べるのが市民にも旅行者にも一般的でした。食べ物に満足できる旅行先というのは、実はそうそうないと思うので、稀有な体験でした。
ECVP学会の感想
遊んでばかりいたように思われても困りますが、学会のことをガチで書いても皆様に引かれると思いますので、客観と主観を使って学会の感想を述べてみます。
客観的なところでは、会期は3日半で、1日目は研修医(レジデント)のための教育プログラムが終日あり、最後の半日は事前登録制ワークショップ(WS。私は獣医法医学WSに参加)のため、実質2日間の学術集会でした。内容はバランスが良い印象で、例えば以下のような分野の基調講演や学術報告が2日間にちりばめられていました。
- 腫瘍学
- 獣医法医学
- 遺伝病の病理
- 実験病理
- COVID-19関連
- 産業動物病理
- 感染症病理
- 野生動物病理
最先端の分子生物学的な病理から、オーソドックスな自然発生症例の診断病理まで、よくも2日間で網羅するなと感心するほどでした(しかし、学会の抄録がメールで送られてきたのは開催の2日前。これが欧州時間?)。ポスター発表に関しては、そのカテゴリーを挙げると、COVID-19動物モデル、野生動物病理、産業動物病理、研究と教育のための新技術、腫瘍サーベイランスとがん研究、法医学的事項、症例報告、その他と、多岐にわたっていました。ACVPと同じくECVPもポスター発表には審査・査読があります(審査で落選する可能性あり)。私も今回、ポスターで応募したら口頭発表もしてくれということで、ここ数年取り組んでいる犬の胆嚢疾患の新しいネタを短く発表してきました。カンニングペーパーなしで話せるように暗記し、ギャグも入れたら、多少ウケたようでホッとしました。
多くの言語が話されている欧州ですが、この学会は英語で行われていました。他の学会や、欧州各国が集まる域内会議等でどんな言語が使われるのかは不勉強で分かりませんが、おそらく、英語なのではないかと思います。英語が下手な(失礼)人もちらほらいましたが、皆気にする様子もなく、辛抱強く話したり聴いたりしていました。日本の学生さんたち、私が英語学習を強く勧めるのは、皆さんの将来が広がるからなのですよ。日本よりも稼げて、人間らしく暮らせる、かも。しかし懇親会で酔っぱらうと、呂律が回らなくなって英語が通じる確率がガクンと下がるのが、私の弱点です。隣に座ったスイス人の先生と、最後はほぼ筆談していました(笑)。懇親会では陽気なイタリア人やイギリス人のレジデントがいてくれて、私と、もう一人の日本人の参加者(帯広から参加の大学院生)は大いに救われました。白人の中で孤立する体験はもうコリゴリと思っていましたので(3年前のブログ参照)。
次に主観的な話、すなわち私の感想が多く入った事柄を記します。
まず、拍手がでかくて長い!講演が終わった後、発表者をねぎらう拍手はどの国でもしますが、私が昔住んだことがあるラオスという東南アジアの国では、拍手は2秒くらいでした。社会主義国特有なのか、儀礼のような(心がこもっていないとも言える)、小さな拍手でした。日本は4秒くらいでしょうか。力強い拍手、とは言えないかもしれません。米国は6秒くらい?日本よりは熱がこもっています。しかしECVPで聞いた拍手はどれも8秒以上、この人数でそんな音量になる?というくらい熱のこもった拍手を発表者に送っていました。これには私はびっくりしました。欧州の伝統なのでしょうか。
次に、質問が必ず複数出る!会の進行時間の制約があるとか、内容が理路整然としてツッコミどころがないという場合を除き、たいていの講演・発表の後で手を挙げて質問する人がいました。Thank you for your nice talk.とかI really enjoyed your presentation.とか、必ず感謝・賞賛の言葉を述べてから質問をするのも好印象でした。質問内容は個人的な疑問もあれば、聴衆全体が訊きたいような質問まで幅広く、奇をてらっている感じもありません。質問というのは、発表者に対する礼儀と感謝と関心であると私はなんとなく思っているので、ECVPのこの雰囲気はいいなと感じました。
次はECVPレジデント(研修医)についてです。欧州には、北米をベースにしたACVPに似た3年間の研修医制度があり、その歴史は15年ほどと思いのほか浅いものです。ECVP研修医が受けるトレーニングの内容はACVPのカリキュラムを手本にしたと思われ、両者は非常によく似ており、剖検、鏡検、たくさんの成書・文献の精読等から成っています。今回のECVP学術集会にはおそらく200名くらいしか参加していないのですが(その中には我々日本人2名や、韓国人3名など、アジア人も含まれていました)、レジデントが集まる会合に顔を出すと20人位いた気がしました。参加者の約1割が研修医ということで、この学会がレジデント研修の重要な機会になっていることがわかります。その証拠に、ポスター発表はレジデントの義務になっていると思われ、ほとんどが診断業務で遭遇したケースレポート(症例報告)のようでしたが、懇親会で優秀な3つのポスターが発表されていました。私が思うに、年に一度集まって他の国のレジデントと知り合い、切磋琢磨し、研究や仕事の情報交換を行う場としてECVP学会は機能しているのでしょう。
今回の学会で知りたかったことの一つに、法医学へのECVPの取り組み、があります。結果から言うと、欧州の獣医病理医たちは、法医学に非常に積極的に取り組んでおり、ECVP学術集会そのものに多くの法医学関連のプログラムが含まれていました。というか、彼らはこの問題に「取り組まざるを得ない」ようでもありました。というのは、欧州は全体的に動物福祉に積極的な国が多く、法制度も動物ファーストの要素が多いようだからです。例えば法医学WSでは、法医学の症例検討なのに輸送中に亡くなった豚の事例とか、野生動物の事例がありました。また、欧州には複数の国があるため、この分野で先行している国とそうでない国があり、イギリス(リバプール大学と王立獣医科大学)がこの分野の歴史と科学の両面で主導権を握っている印象でした。2006年のイギリスのAnimal Welfare Actには動物に「不必要な」「苦痛を与える」ことが動物虐待と定義されているようで、これらが同時に該当するかを、普通の病理検査や臨床検査「以上に」微に入り細を穿って調べるのが法医学である、と述べられていました。日本では、私は3年前のブログでも書きましたが、いろいろな団体が「私達が獣医法医学をやっています」と述べているものの、その具体的な評価・診断手法が本当に専門的に妥当なものなのか、あまり外から見ることはできません。私としては、まずは動物の法医学の先進国で書かれた専門書を学生たちとじっくり読みながら、今回のように外国でディスカッションに時おり参加し、また、日本の(人の)法医学専門家とも連携を取りながら、大事にこの分野の制度設計をしていくのが大切だと考えています。
最後になりますが、ECVPにおいても女性病理医は参加者の半数近くを占め、講演者においても同様でした。ただ、女性病理研究者のアカデミアにおける昇進には依然として見えない壁があるという趣旨のシンポジウムも行われており、その中で、地位を既に得た女性が積極的に動いて仲間を増やしていくべきではないかということも言われていました。私は、能力のある人は性別年齢にかかわらず正当に昇進していくべきだと思いますが、国が変わっても似たような問題があるのだなあと知りました(おそらく、その深刻さの程度はかなり違うのでしょうけども)。日本の女性獣医病理医、女性研究者が、欧州の学会にも参加して交流を深めれば双方にとってよい刺激になると感じました。
おわりに
来年の春に日本の獣医病理学会に来て講演してくださるスペイン人の女性研究者に挨拶をすることもでき、何かと収穫の多い1週間でした。来年のECVP学会はポルトガルのリスボンにて、8月末に開催されますので、これを読んだ学生、教員、研究者の方々、ぜひ参加されてはいかがでしょうか。私にお手伝いできることがありましたら喜んで致しますので、ご連絡をお待ちしております。
以上です。
三井一鬼