2015年海外学会参加報告①

いつもお世話になっております。皆さまいかがお過ごしでしょうか。毎年この時期恒例となりました、海外学会参加報告の第1回目です。

今年の米国獣医病理学会はアメリカの「真ん中の上」のミネソタ州ミネアポリスで行われました。空港とダウンタウンを結ぶタクシーの運転手によれば全米で2番目に寒い州とのことで、訪れた10月半ばに既にその雰囲気を肌で感じることが出来ました。北大獣医学部の同窓生M(在米20年近く)に再会し、酒を酌み交わしながらの情報交換(アメリカでの研究生活と、日本での零細病理検査会社経営の、苦労話や夢の交換?)にも花が咲きました。

獣医病理学会って言われても、そもそも病理学って何?と思われた方々、病理学とは疾患の診断と病態の解明を担う学問、ということになります(ごく簡略化して言えば)。解剖をしたり(マクロ)、顕微鏡で検査したり(ミクロ)と言った昔ながらの手法のほかに、ノーベル賞でスポットライトを浴びるような重要な思考的・技術的ブレークスルーがいくつも積み重なって、疾患の捉え方は毎年のように変わっています。様々な手法を用いて疾患をよく理解することは、より良い治療や効果的な予防の出発点になると同時に、社会にインパクトを与えます。

「獣医」病理学の大きな特徴は、人や実験動物を対象とする(人医の)病理学に比べて守備範囲と言いますか、対象範囲が著しく広いことです。その中には動物固有の疾患もあれば、人と同じような疾患もあります。最近になってようやく私が知ったzoobiquityという概念は、人と動物はよく似た病気にかかるから、医師と獣医師が情報交換するメリットがある、というもののようですが、日々動物の病気に向き合っている我々獣医師(獣医病理医)からすると、何をいまさらという感じもします。専門分野が違うと垣根を意識しすぎて頑なになってしまいがちですが、獣医師と医師の雑談から始めて、意気投合したら共同研究に進めば~~、くらいの緩さでもいいのかなと個人的には思います。私の周りの獣医病理医には、医学分野の先生方と連携している方々が実際に複数いらっしゃいます。

さて、今年も5日間の学会日程のうち正味2日間しか参加できず、口頭の発表や講演を聴く機会は限られてしまいました。零細企業の悲しさです。しかし、丸一日のワークショップでは水生動物(魚類、水生哺乳類、水鳥)の病理についてみっちり勉強し、特に魚類の正常な解剖学・組織学や、基本的な重要疾病についてアップデートすることができました。一人で本を読んでいてはわかりにくい様々なポイントを押さえることできました。魚病学は日本の獣医師養成過程では非常にマイナーな分野で、獣医師国家試験の時に少し勉強したらそのあとは全く触れずにキャリアを終えるという獣医師が大半と思います。ですが、蛋白源、鑑賞用、実験動物として魚類の重要性は増すばかりですので、この分野でやっていくぞ!という獣医師が今後世界中から出てくることでしょう。日本人獣医師、獣医病理医も、国内外の魚類関連分野で活躍できることでしょう。病理診断をしていても、魚は下等な脊椎動物などと馬鹿にしていると痛い目を見ることになり、発見と魅力が大いにある分野だなと思います。そういえば、東京の葛西臨海水族園のマグロの大量死の原因は何だったのでしょうかね。

時差ボケと戦いながら、今年もポスターだけはほぼ全て(全部で315枚)見てきました。私的に面白いと思ったポスターについて、概要を(適宜解説、コメント付きで)ご紹介したいと思います。

<気になったポスター発表① The cytologic grading of canine cutaneous mast cell tumors: cellular thresholds, novel features, and the application of a 2-tier system. (犬の皮膚肥満細胞腫の細胞診によるグレーディング:細胞学的閾値、新奇の特徴、2分類法の適用)> 
・発表大学をメモし忘れました。
・肥満細胞腫とは、免疫や炎症を担当する「肥満細胞」という細胞が由来の腫瘍で、犬で特に多く、猫、フェレット、馬等、他の動物でも時おり発生します。飼い主の方が「うちの子、肥満だからこの腫瘍になったんですか?」と獣医師に聞くことがありますが、肥満とは全く関係のない細胞であり、腫瘍です。
・肥満細胞腫は、「針生検(細い針で腫瘤を吸引し、得られた細胞を顕微鏡で診断する検査)」による診断は比較的容易ですが、個々の腫瘍の組織学的悪性度判定(グレーディング)には「組織診(外科的に採取した病変をホルマリン固定し、様々な処理を施して作製した病理切片を顕微鏡で診断する検査)」が不可欠です。犬の場合は組織学的グレーディングが腫瘍の治療法や予後に密接に関連しているため、何とかして簡単で痛みの少ない針生検でグレード判定ができないかという要望が獣医療の現場に根強くあります。それにこたえようとしたのがこの研究です。
・以下が、示されていた結論です。ちなみにここで使われているグレーディングは古典的なPatnaikの3分類法ではなく、Kiupelの2分類法です。
①500細胞を計測した結果、high gradeの予測のために有意であったのは、中等度~重度の核大小不同、巨大核の出現、5個以上の2核細胞、腫瘍細胞の細胞質顆粒が少数、であった。
②500細胞を計測した結果、中等度~重度の顆粒多寡(anisogranulosis、細胞によって顆粒の数にばらつきがあること)や細胞外成分の特徴(線維化、好酸球、コラーゲン)は、high gradeの腫瘍においてlow gradeよりも目立ってみられる特徴ではなかった。
③500細胞を計測した結果、「重度~中等度の核大小不同『および』重度の細胞大小不同」がhigh gradeの予測に100%の特異性、78%の感度を示した。
④500細胞を計測した結果、「腫瘍細胞の細胞質の顆粒が少数『あるいは』5個以上の2核細胞」がhigh gradeの予測に100%の特異性、97%の感度を示した。
・細胞診はあくまで暫定診断であると私は考えていますが、このような根拠に基づいて細胞診が行われ、組織診の結果との一致・不一致が今後より多くの症例で検証されれば、犬の皮膚肥満細胞腫に関しては「戦う(治療する)」前に簡単な検査でその方針を決められるようになるものと期待されます。

<気になったポスター発表② Exposure to carbon nanotubes and asbestos induce related but distinct profiles of toxicologic lung pathology.(カーボン・ナノチューブとアスベストへの曝露は、互いに関連しながらも異なる毒性学的な肺病理プロファイルを誘発した)> 
・University of Cincinnatiの発表です。
・私は工学には無知ですが、カーボン・ナノチューブという夢の素材(軽いのに鋼より強い)についてはテレビや新聞でわずかに知っていました。ネットを検索すると、この素材はさらに多くの可能性を秘めており、少しずつ実用化されつつあることがわかります。
・アスベストは以前は様々に有用で安価な素材として世の中で広く使われていましたが、肺腫瘍や中皮腫を引き起こすことが知られるようになり、扱いが180度変わったことは記憶に新しいところです。
・新しい素材には予想もつかない副産物があるということを、苦い経験を通じで人類は知り、このポスターにあるように、最新の夢の素材についても実験で安全性を検証しているのです。
・夢の素材が真の意味で夢であり続けるために、いろいろな努力が重ねられているのだなあと感じたポスターでした。

今回は以上です。あと2回ほどにわたって、気になったポスターについてご紹介します。お楽しみに。ブログの更新が滞り、ご迷惑をおかけしました。

ノーバウンダリーズ動物病理
三井

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