犬と猫の乳がん

犬の乳腺良性混合腫瘍
犬の乳腺良性混合腫瘍

アメリカの女優アンジェリーナ・ジョリーさんの乳がん予防としての乳腺切除が本日のニュースで取り上げられていましたが、私たちの身近な動物たちにも乳腺腫瘍は起こりますし、その発生頻度は特に犬ではかなり高い印象があります。来る7月7日の日本獣医がん学会シンポジウム(於:麻布大学)では、犬と猫の乳腺腫瘍について解剖学、診断学、治療学など様々な視点から論じられることになっています。
弊社は動物の死後検査postmortem examinationを行っていますが、悪性乳腺腫瘍が原因で亡くなる動物の病理解剖をする機会は、一般的には非常に稀です。この理由は、生前の組織病理検査で、その乳腺腫瘍がどんなタイプで、どのくらい悪性であるかの見通しが既についていることが多いためと思われます。乳腺腫瘍への対処は、腫瘍にならないような予防措置をとっておくこと(犬では初回発情前の避妊手術)と、万が一乳腺にしこりが発見されたら迅速・的確に診断し、病態を把握し、予後を見据えながら適切な治療を施すことが重要と考えられます。
犬と猫の乳腺腫瘍についての包括的な議論は七夕の日に取っておくとしまして、今回のブログでは私が科学的興味から行った計算の結果をご紹介したいと思います。テーマは、「犬の乳腺腫瘍は半分が悪性、猫は8割が悪性、ってホント?」です。これは獣医師の間ではよく知られた知識(?)ですが、日々顕微鏡を覗いている病理診断医の立場からすると数字に違和感を感じることがあります。僭越ながら、統計学のプロでもない私が小学生並みのアプローチを試みた結果は以下の通りです。
<方法と結果>

2013年1月1日から診断契約満了直前の2013年5月2日までに、前提携先であるアイデックス ラボラトリーズ株式会社において、三井が検査を担当した432頭の雌犬の乳腺症例から、時間の古い順に、一つでも腫瘍がみつかった200頭を抜き出し、そのうち一つでも悪性腫瘍を持つ頭数を数えました。29頭が悪性腫瘍を持っていましたので、悪性腫瘍の比率は
29÷200×100=14.5%
でした。


2012年6月1日から2013年5月1日までに前出のアイデックス社において三井が検査を担当した255頭の雌猫の乳腺症例から、時間の古い順に、一つでも腫瘍がみつかった192頭を抜き出し、そのうち一つでも悪性腫瘍(高分化型皮膚肥満細胞腫も含む)を持つ頭数を数えました。185頭が悪性腫瘍を持っていましたので、悪性腫瘍の比率は
185÷192×100=96.4%
でした。
「乳腺の腫瘍は、犬は1割強が悪性、猫は9割以上が悪性」、という結果となりました。臨床的に腫瘍に見えても、組織病理検査で「非腫瘍性病変(乳腺小葉過形成、乳管拡張など)」や「乳腺以外の(例えば皮膚の)組織が由来の腫瘍」等と診断されることも少なくありませんし、そのような例は今回の計算では除外してあります。また、ちゃんとした統計処理ではありませんので、この結果はあくまで私見としてご理解ください。さらに、乳腺腫瘍の組織学的診断基準はWHOが定めたものがあるのですが、時代に即していない、改定すべきという意見が昨今、外国で目立ちます。私の診断基準は、WHOに沿っている部分もあれば、必ずしもそうでない場合もあることをお断りしておきます。
犬と猫の乳腺腫瘍は獣医師にとっては珍しいものではなく、日々の診断や治療の際に「あ、いつものやつね」と思ってしまいがちですが、七夕の日の獣医がん学会では是非違った視点でこの古い友人を眺めてみてください。また、長くなりました。。。

注意:
・腫瘍の個数を分母、悪性腫瘍の個数を分子、とする方法は、個数の正確な把握が困難なこと(中には顕微鏡でやっと明らかになる直径1mmの「腫瘍」もあるため)から採用しませんでした。
・猫に関しては乳腺小葉過形成が乳腺のしこりの原因であった例が犬に比べて多かったことと、契約満了後の追加データ採取ができなかったことから、200症例にわずかに足りない結果となりましたが、大まかな傾向はあと8症例加えてもさほど変わらないと思われます。

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