いつもお世話になっております。今回も、私も含めた門外漢にはキョトンとするような内容で恐縮ですが、腫瘍学の研究が様々な観点から行われている大きな理由は、なんとしてでも敵(腫瘍)の素性や手口を知って、効果的な診断法、治療法、予防法を編み出したいという切実な思いがあるからだと思います。腫瘍学小テストは次で最後の出題となる予定です。では、前回の問題の解答と今回の問題です。
腫瘍学小テスト⑤ 解答
Q1.Warburg効果(代謝)として知られる腫瘍細胞の特異な代謝は、細胞のエネルギー源となるATPの産生効率が格段に良い「酸化的リン酸化」よりも、細胞の増殖に寄与する「好気性解糖」(蛋白、核酸、アミノ酸、脂質等の生成につながる)に大きく偏ったものとなっている。このため、腫瘍細胞は活発に( )を取り込む性質があり、これを利用した、腫瘍の局在を調べる検査方法が( )である。初めの括弧に物質名を、後の括弧にアルファベット3文字の検査の通称を入れよ。
A1.グルコース、PET(陽電子断層撮影法)。
Q2.プログラムされた細胞死(アポトーシス)は、腫瘍化しかねない危険な細胞を取り除き生命を永らえるための重要な現象である。アポトーシスを引き起こす経路には外因性と内因性の2通りがあるが、それぞれの契機となるのはどのような出来事か?また、どちらの経路も最後は「(死刑)執行人」と称される物質を活性化するに至るが、この物質とは何か?
A2.外因性経路はCD95/Fas受容体にFasリガンドが結合することで始まる。内因性経路は様々な出来事(細胞へのストレス、放射線被ばく、化学物質等)によってDNAが傷害されることで始まる。死刑執行人はcaspase 3。
Q3.細胞が分裂を繰り返すうちに染色体の末端にある( )という特別なDNA配列が徐々に短くなり、そのうちこの配列が露出するとアポトーシスを起こしたり、分裂危機mitotic crisisに陥って細胞死を起こしたりする。腫瘍細胞の多くはこの配列を維持・修復する( )という酵素の産生が高まっており、死ににくくなっている。2つの括弧に入る言葉をそれぞれ延べよ。
A3.テロメア(telomeres)とテロメラーゼ(telomerase)。
Q4.腫瘍組織の中で、一本の血管が酸素や栄養を届け、老廃物を集めることができる範囲は、血管の周囲①1-2mm、②1-2cm、③5cmの領域である。正しいと思う番号を選べ。
A4.①が答え。腫瘍が成長するためには、正常組織と同様、血管新生が重要であることがわかる。
Q5.腫瘍細胞が周囲の組織に浸潤したり、リンパ節、遠隔臓器へ転移したりするには、非常に多くのステップを踏まなければならない。その第一の段階では、腫瘍細胞同士の細胞間接着が緩む必要がある。結腸癌、胃癌、肺癌等のいくつかの上皮系悪性腫瘍では、( )という接着因子の機能が失われている。括弧に入る物質名を述べよ。
A5.E-cadherin。
Q6.特定の腫瘍が特定の臓器に転移しやすいという現象をどう説明できるだろうか?あなたの考えを述べよ。
A6.特定の臓器の血管内皮に優先的に発現しているリガンドに対する接着分子を、腫瘍細胞が持っているから。逆に、脾臓や骨格筋は血管が豊富なのに腫瘍転移が起こりにくいのは、これらの臓器・組織が腫瘍細胞の生着と成長に適していないからかもしれない。
腫瘍学小テスト⑥
出典 Robbins and Contran Pathologic Basis of Disease 9th ed. Chapter 7: Neoplasia. p.310-321, 2015, Elsevier.
Q1.腫瘍化した細胞に対する生体の免疫反応、すなわち腫瘍細胞が非自己として認識されて破壊されるプロセス、を理解することは、腫瘍の治療の選択肢を広げるために不可欠である。免疫システムに認識される腫瘍抗原の例としては、①突然変異した遺伝子に由来する異常蛋白質、②生体に元々ある蛋白質だが腫瘍細胞によって過剰に産生されて抗原として認識されるようになった蛋白質、③宿主に感染した( )、等がある。( )に当てはまる語句は何か。また、ヒトにおける③の例を2つ述べよ。
Q2.腫瘍細胞に対する細胞性免疫を担う免疫細胞を3種類述べよ。
Q3.腫瘍細胞が生体の免疫を逃れる方法に、①抗原を発現していない腫瘍細胞クローンが選択的に増殖する、②抗原提示を担うMHC分子の発現が腫瘍細胞において減少あるいは消失している、③様々なメカニズムで腫瘍細胞がT細胞の活性化を抑制する、がある。③に関して、腫瘍細胞がPD-L1とPD-L2という分子の発現を増やし、T細胞のPD-1受容体に作用して免疫を抑制している(ブレーキをかけている)ことから、この反応を阻害するためにPD-1に対する抗体を投与して抗腫瘍効果を高めるという方法が近年注目を浴びている。この抗体は一般に何と呼ばれているか?
Q4.ヒトの細胞は46本の染色体を持っている。検査のため見えるようにこれらを染色して大きい順に並べ、異常がないか確認したり性別の判定を行ったりする作業を核型分類karyotypingと呼ぶ。核型分類によって染色体の「並べ替え(再配列)」の有無や特徴を調べることで、特定の腫瘍の診断や発症の可能性の判断が可能になる。プロトオンコジーンを活性化するような染色体再配列の中で、最もよく研究されているのが転座translocationと呼ばれる再配列であるが、このメカニズムで起こる腫瘍の例をいくつか挙げよ。
Q5.腫瘍の発生にはDNAの異常(突然変異)や染色体再配列の他にも、エピジェネティックな現象(DNAのメチル化、ヒストンタンパクの修飾等)、さらに( )と呼ばれる約22塩基から成る、タンパク質に翻訳されない小さな単鎖の( )が関連していると言われている。2つの括弧に入る語句をそれぞれ述べよ。
以上です。
ノーバウンダリーズ動物病理
三井