日本法医学会関東地方集会参加記

いつもお世話になっております。そろそろ冬の足音が聞こえてきました。皆様、くれぐれも体調には十分にお気を付けください。

参加から大分時間が経ってしまいましたが、「第87回 日本法医学会 学術関東地方集会」(2018年10月6日(土)、東京慈恵会医科大学主催、東京ドームホテルにて開催)の参加記を簡潔に記します。

獣医学領域における法医学の実践、研究、教育が日本でもようやく始まろうとしています。動物の死後検査のエキスパートとして我々獣医病理医に何ができるのか・何をすべきかの下調べのために、歴史が非常に長いヒトの法医学の学術集会に9月に続いて参加した次第です。今回は1日で日程が完結する、中身がギュッと詰まった会でした。口演発表は以下の通りでした。<>内は、私の感想や注釈です。

  1. X染色体p11.4における新規STR(Short Tandem Repeat)多型の解析 
    <個人識別や血縁関係調査の手法のお話でした。遺伝子の話が徹頭徹尾続き、私の理解は追いつきませんでした。この分野、これから要勉強!>
  2. 生前の二次元写真と、死後CT三次元画像を用いたスーパーインポーズ法に関する検討 
    <DNAによる本人確認が、遺伝子配列を比較する遺族がいない(孤独死等)ためにできない場合、生前の写真と遺体の頭蓋骨のCT画像を重ね合わせることでそれができないか検討した研究。動物でも生前にたくさん写真を撮っておけば可能かも>
  3. 肺静脈と左心房周囲の自律神経の配列の免疫組織化学的検討 
    <突然死の場合に心臓に何が起こっていたのか、なんらかの基礎疾患があったのか、ということを証明するのは至難の業。こういった基礎的な知見が重要と実感>
  4. マウスモデルを用いた外傷性脳損傷での脳内細胞老化の研究 
    <マウスは実験器具なのかと切なくなりますが、それを言っていたら今の医学は全く成り立ちませんな。得られるだけの知見を得ることで成仏していただく心を忘れないようにしなければ>
  5. 千葉大学医学部附属病院小児科における臨床法医外来開設について 
    <法医学者と臨床医の協力で、被虐待児に適切なケアがもたらされるようにする取り組み。診察料の負担など具体的な質問がフロアから出ていました。「人道的に大切なこと」と「お金(専門家に対する適切な報酬)」のバランスについては獣医療でも重要なトピックですね>
  6. 児童福祉施設入所児の(歯科の観点からの:三井が補筆)検討 
    <虐待を受けた子供は虫歯が多いという既存の概念があるそうだが、この調査ではそのような傾向は見られなかったし、虫歯が無くても虐待を受けていた子どもはいた。また、適切な時期に適切な歯科指導をすることで、健全な生育が望めることも示された。地道な調査こそ大切だと実感しました>
  7. 東京都区部における入院患者の院内自殺に関する統計 
    <動物は自殺はしないので、あまり参考にならないなあと思って聞いていましたが、本当に動物は自殺しないんだろうか?>
  8. 法医学領域における多機関連携について 
    <愛媛県今治市の「加計学園」(岡山理科大学獣医学部。私の来年からの職場)が開学した1年前に、千葉県成田市に新しい医学部ができたのを皆さんご存知ですか?国際医療福祉大学医学部と言います。この大学の法医学教室が、千葉大学の法医学教室とどのように連携を取り合っているかの紹介や、日本の都道府県の間で著しい格差や不均衡がある法医学検査の体制をどのように有機的に改善していけばいいのかという問題提起でした。日本では警察が法医学教室に依頼する形となっていて、県警の予算や考え方が千差万別だそう。したがって国のレベルからの改革が望まれるとのこと。獣医学は、果たして?これから実地に経験して、問題が何かを洗い出してみたいと思います>
  9. 神経細胞におけるコカイン長期暴露の影響について 
    <培養細胞にコカインを暴露し、壊死やオートファジー等について蛋白質やDNAを解析した研究。これも基礎的で大事な内容でした>
  10. 縦郭気腫および皮下気腫を合併したオランザピン中毒に起因するケトアシドーシスの一剖検例
    <非定型抗精神病薬であるオランザピンは致死的な副作用として重篤な高血糖、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡を起こすそうです。動物ではあるのだろうか>
  11. 薬毒物スクリーニングにおける前処理法の比較 
    <分析の手法の話でちんぷんかんぷんでした>
  12. 覚せい剤含有微量血液におけるシモン試薬を用いた覚せい剤スクリーニング法の検討 
    <研究の発端が、薬物の接種に用いた注射器に残った非常にわずかな血液を有効活用(他に、血液型判定も行うそうです)したいということだったと知り、執念を感じました>

お判りいただけるように、法医学のトピックは多岐にわたっており、すべての専門家であることは不可能というか、それはもはや望まれておらず、各自の得意分野を研ぎ澄まし、共同利用しあうという方向を模索しているように感じました。法律や国の制度との兼ね合い(往々にしてマイナスのニュアンスで語られる)も大きく、そろそろ次世代の法医学に脱皮する必要があると皆さんが薄々感じていることも伝わってきました。獣医学にとって、大変大きな教訓をいただきました。

他にも多くのポスター発表を拝見し、またもや「コロナー制度」(12世紀のイングランドで始まり、現在もアイルランド、オーストラリア、カナダで行われている死因究明制度)について興味深く読みました。医学的な面も重要なのでしょうが、死因を知ることで再発防止につなげたり、財産の取り扱いの根拠としたりといった面や、医師以外も制度に関わっている点が興味深いです。詳しくは、皆様各自「コロナー制度」でお調べいただければと思います。

最後の特別講演「九相図―朽ちてゆく死体の美術」(共立女子大学教授・山本聡美先生)は、法医学の学術集会にいい意味でよくマッチした、バリバリ文系のお話でした。人が死んでから腐敗し骨になるまでの過程を細かく描写した絵を九相図(くそうず)と呼ぶのですが、肉体への執着や煩悩を断ち切るための、「人は死ぬとこんなにもグロテスクで汚らわしいものに変わっていくのだよ」と説く修行として広く行われてきたそうです。死体(遺体)を目にすることがほとんど無くなってしまった現代人は、九相図をつぶさに眺め想いを馳せることで、肉体の意味を考え直すことができるかもしれませんね。山本先生の著書は市販されていますので、興味のある方は検索してみてください。万雷の拍手が鳴り響く、示唆に富んだ講演でした。これが聴けたことで、1粒で2度おいしい学会となりました。

以上となります。感想等おありの方はお寄せください。

次は岡山理科大学獣医学部開設記念シンポジウム(10月7日、今治にて)について書こうと思ったのですがスキップして、今月初旬に参加した米国獣医病理学会参加記を書きます。お楽しみに~。

ノーバウンダリーズ動物病理
三井

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