平素よりお世話になっております。
11月3~8日(日本時間9日)まで、ACVP/ASVCP concurrent annual meeting(米国獣医病理学会・米国獣医臨床病理学会 合同年次大会)に参加してまいりました。例年よりも長くお休みをいただきまして、お客様各位にはご迷惑をおかけいたしました。おかげさまで大変有意義な時間を過ごすことができました。以下、長くなりますが、学会参加のご報告をさせていただきます。
<学術的インプット>
11月4~7日まで毎日口演を聴き、空き時間にはポスターを見て回りました。それらを網羅して記述することは不可能ですので、2つだけピックアップします。
Interdisciplinary Insights on the New World Origin of Canine Distemper (Dr. Elizabeth Uhl, University of Georgia)
パラミクソウイルス科に属するモルビリウイルスは、現在ヒトで流行しているはしか/麻疹(measles)、かつて世界中で多くの反芻獣を殺した牛疫(rinderpest)、今でも世界各地で多くの犬(をはじめとする複数の動物種)を痛めつけている犬ジステンパー(canine distemper)等、悪名高いウイルスを多く含むグループです。歴史書を読み解いていくと、牛疫は紀元前3000年より前に(2011年に撲滅宣言)、はしかは西暦900年に、犬ジステンパーは西暦1742年には登場していたそうです(昔は人医が動物の疾患について記載することもしばしばあったとのこと)。演者は、歴史書の精査、paleopathology(古生物病理学。ミイラや化石に見られる疾患を研究)の専門家と共同での化石の犬の歯のエナメル質びらん(犬ジステンパーの際に見られることがある)の調査、分子生物学者と共同でのcodon usage biasの調査を通じて、犬ジステンパーの起源に迫っていきました。その結果、西暦1500年ごろ欧州から南米に渡った(侵略した)ヒトの麻疹ウイルスが、犬に「ジャンプ」した可能性があることがわかったそうです。
実はこの3ウイルスの関係性については、数多くの論文(Nature等、有名な雑誌も多い)が出ていて、ウイルス性疾患がどのような歴史的経緯をたどって世の中に出現したのかを多くの研究者が考察しています。病気の歴史がわかれば、今ある病気が今後どのような挙動をとるかや、これから世の中に現れるかもしれない未知の病気への対処の手掛かりが得らえるということのようです。牛疫は撲滅されたので良いとしても、犬で蔓延している(日本では犬のワクチン接種のおかげでめったに見ない病気です)ジステンパーが、今後いきなり人に「戻って」くるかもしれません。病原体、特にウイルスは、遺伝子がわずかに変わるだけで、結合する細胞の種類や動物種が変わる、すなわち、今までになかった病気が突然世の中に出現します。歴史を丁寧に読み解く姿勢と、最新のテクノロジーの融合が、少なくとも感染性の疾患と闘うアプローチのモデルになるのだなと学ぶことができました。スケールの大きな映画を観た後のような余韻が得られた名口演でした。
Post-meeting workshop: Forensic pathology
学会最終日に行われた半日のワークショップは、ここ数年内容が「獣医法医学」に固定されています。私は以前からこれに参加したかったのですが、今回初めて実現しました!コーネル大学の司会者の先生によれば、昔は年に数件だった獣医法医病理解剖が、昨年は180症例に激増したそうです。少なくともアメリカでは、動物の法医学が着実に学問分野としての存在感を増しており、Veterinary forensic pathology(獣医法医学)という呼び名もVeterinary forensic science(獣医法医科学)とした方がよいのではないか、その方が学際的なこの学問を的確に表現しているのではないかという議論もあるようです。ワークショップでは3人の女性講師が教えてくださいました。
フロリダ大学のElizabeth Watson先生は獣医画像診断専門医で、遺体のX線、CT、micro CT、MRの(用途に応じた)撮影により、死に至った経緯の手掛かりが得られるという内容でした。獣医画像診断分野でも、獣医病理分野と同様に法医学への関心が近年高まっているそうで、virtopsy (virtual + autopsy)という言葉もあります。病理解剖と異なり、遺体に直接触れることのないこれらの検査は一般の人々にも受け入れられやすく、今後さらに発展していきそうです。血胸(胸腔内出血)と胸水は異なって見えるとか、高所落下と交通事故の骨折の違いとか、焼かれた遺体における骨の特徴とか、訓練と勉強を積めば、非常に役立つ画像診断医になれるのだろうなと実感しました。画像診断に興味のある獣医さんや学生さんは、この分野要チェックです!
2人目の講師はやはりフロリダをベースとしているLerah Sutton先生で、その名もCSI academyという、犯行現場調査の専門家養成機関で活躍されている方でした。フロリダは、アメリカにおける法医学のメッカの印象です。今回Sutton先生は、forensic taphonomy and clandestine grave detectionという、日本語に敢えてすれば「法医学的タフォノミー(生物の遺骸が化石になっていく過程の研究)と秘密埋葬場所の発見法」とでもなる、一風変わった内容を話してくださいました。法医学が学際的であるとは、私はこれまで何度も書いてきましたが、やはり今回の口演の分野でも、植物学、昆虫学、「天日ざらし」、土壌着色、食肉動物による咀嚼、気象学、土壌侵食といったいろいろな知識を総合しなければ、遺体や犯行現場から十分な情報は得られないと強調されていました。こんな分野があることそのものに、驚きを禁じえませんでした。
3人目はルイジアナ大学のMaranda Kles先生で、distinguishing skeletal features of common species and breedsということで、様々な動物や品種の骨の特徴について話してくださいました。先生がよく受ける質問として、「これはヒトの骨ですか?もしそうでないなら、どんな動物の骨ですか?」というのがあるそうです。我々日本の獣医解剖学者や獣医病理医も、たまにこんな質問を受けるのではないでしょうか。そういえば、獣医学生の頃は「主な」動物数種類の骨学は学びましたが、実際には動物は星の数ほど種類があり、種類によってはさらに品種がものすごい数存在します。獣医師たるもの、自分が扱う動物達(中には哺乳類以外もありますね)の骨の特徴は知っておきたいものです。そういった実用的な骨学を、我々はほとんど知らないのだなあと気づかされました。形態でわからないことは、元素分析、触感、重さ、色、組織学的特徴、レントゲン学的特徴を駆使して追及するそうです。また、面白かったのは、鑑定を依頼される「非」法医学的な骨として、大昔の化石や遺跡、バーベキューのゴミ、狩猟や密猟の獲物、自然災害に起因する遺体の骨、等があるそうです。また、今の時代はCTで3D画像が簡単に撮れますので、そこから3Dプリンターで骨模型を作っておけば、たいていの動物に関しては面倒な骨の処理をせずに「お手本」が気軽に複製でき、法医学的な活用が容易になるだろうとのことでした。世の中、何が何の役に立つのか、本当にわからない時代になりましたね~。
口演のあと、Watson先生からはCTやレントゲンの画像クイズが、Sutton先生とKles先生からは骨の標本の展示(実際に触れたり嗅いだりできる)があり、実技も多少経験できました。今回の経験と人脈を、今後の日本での獣医法医学(獣医法医「科学」の方が適切?)の発展に役立てればと思います。
<oral presentationの苦労と失敗談>
ACVP年次大会に参加するようになって10年以上が経ち、年によっては学術発表をしましたが、今回初めて口頭発表枠に選ばれました。「ポスター発表でも口頭発表でもどちらでもよい」、という選択肢に毎回チェックしていて、なぜ今回だけ口頭発表になったのかは不明です。今後、学生さんらの指導をする中で、自分自身が外国での口頭発表を経験すべきと感じていたのでちょうどよかったのですが、これがとても大変でした!失敗を糧にすべく記述します。
発表した題材は、麻布大学でほぼ毎月行われている関東の私立獣医系3大学の獣医病理カンファランスで発表したものでしたが、ちょっとした分子生物学的検査結果の補足や、肉眼・組織所見の総見直し、病態生理の考察のやり直しをしました。その結果アブストラクトを書いて提出、採択されましたが、採択通知を見て唖然としたのが「発表時間5分」というものでした。例年ですと15分ずつ割り当てられてその中で発表と質疑応答があるのですが、今年はできる限り多くの発表を盛り込むコンセプトだったようです。英語で、きちんとした口演をするのが久しぶりだったので、準備段階ではスタンフォード大学のこのリンクから得られる資料を参考にし、非常に役に立ちました。
ACVPの学術口演と言えば、資料(あんちょこ)を読むのではなく暗記した内容を、聴衆の反応を見ながら、科学的なエンターテイメントの体で行うのが定番です。発表を損ねない程度のジョークも隠し味になりますが、外国人が無理に行う必要はない気がします。ということで、自分で作った原稿を何度も何度も読み、暗記し、ときにスマホで録音して、時間内に収まるようにさらに推敲しました。結果から言うと、これだけでは不十分でした。一つは、練習期間が2週間と、短すぎました。仕事にかまけて、また「5分だからいいや」と舐めてかかってしまいましたが、短い発表ほど言葉を簡潔かつ的確に伝える必要があり(言い直して説明している暇がない)、より完璧な仕上がりが求められたのです。英語も錆び付いていました。もう一つは、一人での練習に終始し、予演会を行わなかったことです。人前で緊張するという訓練ができなかったことや、貴重な批評・フィードバックが得られなかったことが悔やまれます。というわけで、実際の発表の際は、時差ボケ(日本時間の朝7時ころだったので、完全徹夜明けの体調でした)も手伝い、恥ずかしい発表となりました。現地入りをもう1日早めていたらよかったなとも思いました。これらの失敗を、今後に生かします。発表内容については、オーソドックスな病理の発表で、これも今後は他の方々の意見を聞いてもっと将来につながる内容にしなければならなかったなと反省です。
<交流>
今回は滞在期間が例年より長かったので、いろいろな交流の機会に恵まれました。
ACVP VIP dinner
JCVP(日本獣医病理学専門家協会)の代表として参加されていた鳥取大学の森田先生と、ACVP日本人会のアメリカ側会長の黒木先生と参加し、貴重な経験ができました。ディナーにはACVP/ASVCPの現および時期評議員の先生方(大学や企業の獣医解剖病理医・獣医臨床病理医)、ECVPの会長ご夫妻、アイデックスやアンテックといった大手診断会社の代表、前AVMA会長のTopper先生(獣医病理医)ご夫妻らが参加され、和やかに自己紹介、各自の面白話、業界の裏話が展開されました。
ACVP/ASVCP評議会
森田先生、黒木先生、アイデックスの下ノ原先生とともにに参加し、JCVPの活動内容に関する森田先生の発表をサポートしたり、日米の獣医病理医が今後どのように協力できるかの意見交換をしました。朝8時から評議会をやるあたり、アメリカの朝型の仕事は徹底しているなと思いました。
Neuropathology mystery slide session
毎年のように(聴衆として)参加しているこの名物セッションにおいて、今年は札幌のノースラボの岡田先生が発表されるので、夏ごろから細々とサポートをさせていただきました。ACVP日本人会のミーティングの際に岡田先生の予演会も行い、翌日の岡田先生の堂々とした素晴らしい発表に少しは貢献できたのかなと思います。
International veterinary pathology coalition (IVPC)
ACVPは主として北米の組織であり、欧州にはECVP、日本にはJCVPがあります。中南米にも、これに準ずる有志団体があります。各組織から、世界を舞台にして何かやりたいという人々が集まってIVPCが発足したようです。私は今回初めて会合に参加しましたが、「世の中をよりよくするために」、「学生や、若い獣医病理医に様々な機会を提供するために」、「異国の文化を尊重し楽しむために」といった観点で、組織を徐々に作っていこうという建設的な意見、提言が数多く出されました。日本人としても、積極的に関与していきたいなあ、面白そうだなあと強く感じました。
ACVP日本人会(JaGA)ミーティング
JaGAには現在20名に届きそうな数のメンバーがいます。今回の参加人数はそれほど多くありませんでしたが、活動報告や活動計画について話したあとは、ホテルのバーで懇親会を行いました。ミーティングの議事録は後日メンバーにお送りします。
日本の先生方とのプチ懇親会
東京大学、大阪府立大学、帯広畜産大学、鳥取大学等から参加されていた獣医病理の先生方、大学院生の方々や、診断会社、動物病院の先生方等と、ほぼ毎晩、色々な意見交換ができ、お酒もおいしく、楽しいひと時でした。ありがとうございました。日本の大学における取組についての情報も、とてもためになりました。
<番外企画>
たまたまACVP日本人会メンバーの何人かが昔から知っていたNeel Aziz先生というアメリカ人の獣医病理医がワシントンDCのスミソニアン動物園で働いており、ご厚意で園内の動物病院・研究施設のバックヤードツアーを企画してくださいました。冷たい雨の降る中、早朝から、世界に名の知れている施設の内部をくまなく説明していただき、その充実ぶりに驚くばかりでした。剖検レポートや病理スライド、パラフィンブロックなどは、50年以上も前から保管されており、超がつく貴重なコレクションでした。象の保護、研究でも有名で、ヘルペスウイルスによる致死的な象の疾患は、この研究所から論文が出ています。Aziz先生自身の、アジアでの病理職遍歴のプレゼンも見せていただき、グローバルな獣医病理医の一つのロールモデルを学ぶことができました。Aziz先生には感謝しきりです!
<その他>
ワシントンDCは紅葉が非常にきれいで、天気はあいにく曇りや雨の方が多かったですが、首都の風格を随所に感じました。学会の合間にはいくつかの博物館や、ホテルの近所のスミソニアン動物園(バックヤードではなく、一般向けの区画)も訪れることができました。ちょうど中間選挙で共和党が下院を明け渡す結果となり、米国の将来は混沌として来ているのかなと感じました。
来年、この学会に今回のように参加できるかどうかは不透明ですが、なるべく若い人たちにこの自由で厳しい環境を経験したり、ここに飛び込んだりしてもらえるように、裏方の役割を継続してまいります。
以上となります。冗長で失礼しました。
ノーバウンダリーズ動物病理
三井