日本比較臨床医学会参加記

お世話になっております。去る12月2日(日)、神奈川県相模原市の麻布大学にて、第49回 日本比較臨床医学会 学術集会が開催され、参加しましたので、ごく簡潔にご報告いたします。

10時頃から16時過ぎまで、昼食休憩1時間を挟んで5時間ほどのこじんまりした集会で、参加人数は40名ほど。獣医大学(全ての大学ではない)の教員の方々、企業関係の方々、大学院生・学部生と思われる若い方々、そして自分のような(やや場違いな?)人間が参加していました。7題の研究発表は、動物やヒトの遺伝子解析が主題の発表が3題で、あとは自動血球計算機、過酸化水素水、イヌ骨髄由来間葉系幹細胞、高ナトリウム血症のイヌの症例について等、バラエティーがありました。いずれも普段自分が接することがほとんどない領域で、理解は完全ではありませんでしたが、興味深く拝聴しました。

衝撃を受けたのはシンポジウム「”基本的な臨床検査の信頼性”について 小動物臨床領域における取り組みの現状と課題」でした。座長のおひとり中島公雄先生の開会のお言葉の中に、「私は長年臨床検査技師をやってきて、獣医師免許を晩年に取得したが、獣医療における臨床検査の現状を見て驚いたことが3つある。一つめはヒトの測定試薬を使っていること。二つめはヒトの基準値を使っているか、動物の基準値を使っていたとしても学会や論文で定義されたものは存在しないこと。三つめは精度管理の概念がないことである。会場の皆様に怒られるかもしれないが、率直に言って、ヒトの臨床検査の50年前の状況が、獣医療における臨床検査の現状である」という趣旨のものがありました。

シンポジウム講演者お一人目の根尾櫻子先生(麻布大学)は、「小動物臨床領域における”基本的な臨床検査の信頼性”に焦点を当てる~小動物臨床領域における臨床検査の信頼性確保の取り組み(現状と今後)~」ということで、昨年行った関東5獣医大学の共同プロジェクト(同じ血液サンプルを各大学に持ち込んで測定)の結果発表(欧州でも発表されたそうです)や、精度管理に対する米国獣医臨床病理学会の取り組みやガイドラインの紹介、また、事前に参加者にアンケート用紙を送って得た回答を基にした討論を行われました。会場の企業関係者にも発言を促され、受託検査機関や測定機器メーカーの方々にとっては、商機であると同時にしっかりした枠組みを作っていかねばならないという使命感・責任感が(もしかしたら)植え付けられたのではないでしょうか。獣医領域における臨床検査の結果を担保し保証することについて、超えるべきハードルは高く、また、複数ありますが、取り組みが確実に始まっていることを目の当たりにできた、大変貴重な機会でした。

お二人目は自治医科大学地域医療学センターの小谷和彦先生で、「臨床検査の信頼性」という講演でした。まずは、従来「臨床病理」と呼ばれていた分野が今は「臨床検査医学」となっているそうで、獣医療においてなんとなくanatomic pathology(解剖病理学、形態病理学)とclinical pathology(臨床病理学)が混同されがち(先日も、私のところに細胞診標本が送られてきましたので、「私の専門分野ではありません」と丁重に臨床病理医を紹介させていただきました)なのも、このような再定義によって解消されるのではないかと思いました。さておき、小谷先生のご講演はヒトの臨床検査の現状や背景を網羅する大変興味深い内容でした。ヒトの検査においては「基準範囲」が複数あり混沌としているそうですが、その背景には「健常者の定義があやふや」(WHOの定義を採ると健康と自覚している人が健康になる。喫煙者は客観的には不健康だが、健康だからこそ煙草を吸う余裕が体にあるという意見もある。等々)、「試薬・キットのメーカーが複数ある」、「基準範囲をどのように運用したいかによってカットオフ値が変わる」等の事情があるそうです。だからこそ、内部精度管理(検査施設内部における検査の質の保証)と外部精度管理(統括団体が配布するサンプルを測定し、乖離がないか確認する)が非常に重要で、臨床検査技師もメーカーもそれぞれの現場で絶え間ない努力を続けているそうです。トレーサビリティーも重要で、一次校正物質、二次校正物質、実用校正物質、日常校正物質といって、何重にもわたって「自分が今行っている検査は本当に正しいのか」を検証できる枠組みがあるとのこと。翻って、われわれ獣医師のフィールドにおいて、内部と外部の精度管理をキッチリ行っている動物診療施設や検査機関はいったい全国でどれくらいあるのでしょうか。小谷先生のお話の中で、ちょうど今月1日から新しい法律が施行されるとのことで検索してみると、たくさんヒットしましたので、その中の一つ(記事)をご紹介します。

検体検査の品質・精度確保に関わる法令

ヒトの医療において、遺伝子検査という新しい領域がクローズアップされてきたことを含めた法改正のようですが、これだけたくさんの精度管理・書類作成をしないといけないとは、驚きです。私自身、非常に小さな動物病理検査会社を運営しているわけですが、標準作業書も作業日誌も存在しません(医療廃棄の記録や、診断検体についての受付記録・報告書(診断書)くらい)。獣医は緩いな~、ということで苦笑いするしかありませんが、将来的には変わっていくことになるのかもしれません。

小谷先生が「私のお話が、ヒトと動物の検査体制の50年のギャップを少しでも縮めるお役に立てれば」とおっしゃっていたのが印象的でした。そうです、問題が多々あることを我々獣医師が認識し、枠組みを作り、検査に携わる者が持ち場で努力すれば、人医や欧米獣医療との差を縮めることができると思います。頑張りましょう~~!(ややユル)

最後に、小谷先生に「病理検査の精度管理はどのようにされているのですか?」と質問したところ、「標準的な病気の病理切片を各所に配布して行っている」とのことでした。動物の病理の世界では、以前勤めていた外資系の会社で同じことをしているのを見たことがあります(米国内の診断医同士で)。日本の獣医病理分野において精度管理がどのように捉えられ、取り組まれているかについて、残念ながら私は状況を把握できていません。ただ、まずは、同業者が多く参加する研修会、学会、勉強会等に出て、他の獣医病理医と交流(バトルではない)し、「ああこんな風に診断するのか」「こんな視点があるのか」と切磋琢磨することが重要かと感じています。

以上、まとまりを欠きますが、未来への宿題をいくつもいただいた貴重な学会の参加報告を終わります。

ノーバウンダリーズ動物病理
三井

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