病理検査で生計を立てる(2)

 皆様今晩は。今回は病理検査が生み出す「富」について書きます。

①病理検査は翻訳業

細胞や、その集まりである器官・臓器を、病理のことなど何も知らない人が顕微鏡で見ているとしましょう。「何が見えますか?」と問えば、おそらく「丸いものや細長いものが見えて、いろいろに配列しています」と答えるでしょう。それがどの臓器なのか、正常なのか異常なのか、何がどう異常なのかを知るには、顕微鏡で見える情報と生物学・(獣)医学・病理学の知識・経験を対比させ、細胞が「話している言葉」を聞き取り、理解する訓練が必要です。そしてその情報をわかりやすく伝える。これはまさに翻訳の作業に他なりません。病理医は、細胞の声を聴いてその意味をあなたに伝えてくれる翻訳家なのです。

②病理検査はナビゲーション

細胞の声を聴いて、何が起こっているかがわかったら、(獣)医学においては治療をすべきか否かの判断や、どんな治療が効果的だったり望ましかったりするのかの判断を行います。これらの判断は臨床医が行いますが、病理検査はその道案内をする重要な役割を担っています。行ったことのない場所で地図もカーナビもスマホも使えないとき、われわれは途方に暮れたり、目的地に着くのに余計な手間や時間を費やすことになりがちです。生命がかかる大事な選択の際に、あてずっぽうの道を行く(治療をする)ことを選択する人は少ないでしょう。病理検査が常に最良のナビゲートをしてくれるわけではありませんが、少なくとも、細胞の声を聴くことができ、先人が積み上げた知恵と学問をよく理解している病理医・病理学者の言葉に、注意深く耳を傾けていただければと思います。

③病理検査は考古学

細胞は生き物です。遺伝子の指令を受けて様々な種類の蛋白質が作られ、原子の受け渡しや加工をしながら「生きる」というシンプルでもあり複雑でもある営みを行っています。そんな細胞が衰えたり、病気になったり、死んだりしたとき、やはり様々な「声」を発します。病理検査では常に、サンプルを採取した時点あるいはその前に細胞に起こった出来事を評価します。すなわち、過去を振り返って細胞(器官、臓器、個体)に起こった出来事の裏付けをとっています。これは言うなれば考古学です。そして考古学と同様、細胞の声をよ~く聴いて過去の様々な変化・事象の証拠を集め、これらを様々な手法でつぶさに研究することで、未来に起こる出来事を予測するという作業も病理医・病理学者は行っています。

④病理検査はモッタイナイ

人間以外の生き物は、自分や仲間に死をもたらす危険な物事に対する記憶や対策をよく発達させていますが、死んだ仲間をよく調べて死んだ理由を知るという作業を、おそらくしません(どなたかそのような例があればぜひ教えてください)。人は、医学の始まりの段階がそうであったように、「なぜ我々は死ぬのか?」という問いに解剖という行為で答えを見つけようとしてきました。しかしそのような作業は我々に備わっている「ふつうの感覚」にはあまりそぐいません。解剖というのはどこか後ろめたく、グロテスクで、野蛮な行為というイメージが、なぜか付きまといます。病理検査の一つである解剖(私は死後検査と呼ぶことを提唱し続けて早10年が経ちます)は、そんな歴史を経て生まれ、受け継がれている、究極のモッタイナイです。生きているときだけでなく、死からも学べることがたくさんあります。これからも慎重に、言葉を選びつつ、ご遺族・関係者の感情や利害に配慮しつつ、モッタイナイ病理を推進したいと思います。

⑤病理検査は交差点

病理学という学問は、様々な学問の交差点のようなものです。例えば、病気の成り立ちを詳しく知るには、ただ顕微鏡を覗いて形態学的な変化を記録するだけでは不十分です。物理、化学、生物はもちろんのこと、遺伝学、分子生物学、薬学、毒性学、感染症学、腫瘍学、臨床各科等々の知識やエキスパートを適宜動員する必要があります。病理学者が一人前に育つためにかかる年数はどれくらいか訊かれることがありますが、私にはわかりません。ちなみに私が尊敬する病理医ほど、一生勉強しても追い付かない、と言っています。そんな病理学だからこそ、他の分野の研究者・専門家から必要とされる存在になりやすいのではないでしょうか。

以上、簡潔かつ多分に手前味噌ではありますが、病理検査が生み出す富をご紹介しました。中には「富」ということで「いくら儲かるん?」という興味を持たれた方もいると思いますが、病理検査を職業にして豪邸を建てた人はおそらくあまりいません(笑)。しかし、やりようによってはできるでしょうし、それでなくても、一応生活は成り立ちます。私はおそらくまだ病理検査が生み出す富の全てを知っているわけではありませんので、これからも少しずつ探してまいります。

(今後の進路に病理医を考えている人を意識して書きました。感想や質問があればお寄せください。)

三井一鬼

巨大ブロッコリー出現!